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魔術師入門 1


十数年前の話です。私は不思議な体験をしました。
その頃私は、蒲田にある小さな商社に勤めていました。
ある時期、蒲田の裏手、西蒲田にある小さな飲み屋(スナック)に通う、そんな遊びが続いたこともありました。
そしてその日も仕事終わりに細い路地を通り抜けて、蒲田のネオンとは逆に歩いて行き、蓮沼の方、御園神社の裏にある、飲み屋にいつものように行きました。
夜の11時頃飲み屋を出ると、強い風と共に軽く雨が降っていました。
「置き傘あるよ」と飲み屋のママの声が、後から聞こえました。風が強く、まだ小降りです。傘自体壊れるのも面倒なので、「いや、要らない。大丈夫」と断り、飲み屋を出ました。
少し歩き、御園神社の横に出ると、いきなりザザーと木々が大きく揺れた。ガタガタ、ガタガタと雨戸の盾板の揺れる音、ピューピューと気色の悪い強風のうねりに、雨足が急に強くなった。
私は堪らなく一件の古いお店のひさしに入り、しばらくジッとして、暗い曇り空を眺めていました。その間、雨足は強くなり、時たまピューピューと強い風がうねり周り、御園神社の木々が揺れ動きます。
私は憂鬱に成り、ひさしのある建物に寄りかかると、フッと古い薄汚れた扉に、埃が身体に舞うのが分かりました。「あーあー、汚いなあ~」と思いながらも埃を落とし、扉を見ると、少し変わったお店であることに気づきました。
勿論この時間、お店の明かりは点いていません。扉は赤と黄色の明るい色合いが交互に四角く、壁は黄色に近いオレンジ色。小さな看板には、「魔術師入門」と書いてありました。
派手な感じもする店構えだが、路地裏でもあり、地味で目立たない。その上、古く埃だらけで小汚い。
「こんなところに、不思議なお店もあるものだ」と感心するものの、ビチャビチャと雨足も強くなるので動けない。
その時、ひさしにある電球が点いた。ごそごそと中で物音がすると、いきなり扉が開き、五十代の白髪の男性が出て来た。
男性は細身で長身、強い眼光があった。「あ!すみません。お店の前で、この雨なもので、・・・・」と私は慌てた。
「いえ、結構です。見れば分かります。・・・・もし、興味あれば中に入りませんか?」といきなりの誘いであった。
興味など無かった。魔術なんて手品と大して変わらないと思う。それ以上に、こんな夜遅く知らないお客を招く方が気持ち悪い。
酔っているし、持ち合わせもあまりない。
「いえ、すみません。お邪魔でしたら、他に移動しますので・・・・」と断ると男性は、少し呪文のような言葉を小さく唱えた。
そして、「お金が無いのなら無料でも結構です。その代わり、払いたいと思った時、お客様の言い値で結構です。一万円以下でも構いません」
と言うので財布の中を覗いたら、五千円札一枚と千円札四枚あった。ゾッとし男性の顔を凝視した。
自分は酔っているし、何か騙されているようにも感じる。しかし手持ちも少ないし、取られるお金も限定的だ。雨で帰ることも面倒だし、自分の方が強そうだし、少し興味も出て来た。
「分かりました。一度見せて下さい。しかし、お金を払うかどうかは分かりません」と言うと、男性は微笑を浮かべ自信ありの表情を見せた。
「それでは、お入り下さい」と言われ、お店の中に通された。

お店の中は裸電球で暗く、五坪ほどの広さだった。西洋風で古風、一言でいうとそんな感じである。周りの書棚や置物などが雰囲気を創っている。
古めかしい珍しい書庫と言っても良いくらい、たくさんの難しそうな本が並んでいる。その間に、いくつかの鹿や熊や虎の首だけの剥製が気味悪そうに睨んでいる。棚に並んでいる置物なども、黒猫、カラス、鼠、小鳥、小さくても生きているような、剥製の様に並んでいた。
そして暖炉が一つ、今時期は使っていないようだが、下には灰の塊がごそっと、そのままである。二つある古風な木枠の窓には、カーテンが束ねてあり、外の雨飛沫の当たる音が不気味に聞こえる。扉の派手な赤と黄の色合いが、硝子の上に色付けしてあるのが分かる。
大きめのテーブルが一つ、花柄のクロスに蝋燭盾が二つ(一つに三本の蝋燭を立てる物)コップが二つ。魔術に使うのか?意味の分からない道具の入った、黒い箱が一つ置いてある。椅子がいくつかあり、その一つに座るように言われた。
男性は一度、奥の部屋に引っ込んだ。
まさしくらしいと言えば、そうである。裸電球は四つあるのが分かった。暗く感じていたのは、それぞれに薄い青色が塗ってあるものだった。
魔術は手品である。要するに種や仕掛けのあるもの、そう考えている自分がいる。こう言った部屋創りも仕掛けの一つだと思う。
男性は出て来た。それらしい、魔術師らしい服装で出て来たのである。
私は、少し笑いをこらえた。
「では、何を見せましょうか?」と杖を持ち両手を広げて、派手派手しそうな服装で言いった。
自分は何も分からないので、何でも良かった。少し考え、それなら自分でも、他人に見せられる魔術が良いかも知れないと思った。
「そうですね。私に、直ぐにでも出来そうな魔術を見せて下さい」と魔術など簡単で子供でも出来る遊び、と見くびった言い方をした。いや、そのつもりは無いけれど無知がそう言わせたと、言うのが正解かも知れません。
男性は、少しムッとした表情を見せたが、「分かりました」と言い、杖を振り出し呪文を唱えた。
すると、裸電球は四つ同時に点滅を始め、蝋燭の火が突然点火した。
私はビックリしたが、そんなのどこかのスイッチ一つで出来ること、その程度に思った。
男性の呪文の声は、だんだんと大きくなり、動きも杖を振り上げて派手になって行きました。
今度は外の雨足がさらにひどくなり、雷も轟くほどに大きくなり、扉や窓ガラスに強く雨飛沫が怖いほど当たり出した。
いったい、この現象はどう言うことなのか?恐怖で、身体の震えるのが自分自身で分かりました。

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もの思う56歳 3


旅?いえ、仕事です。15 地方の車内は東京と違います。これも、描写とギャグが上手くまとまった作品と自分の中では思っています。この前の二作とこの後出て来る、新六郷の青空 島田兄弟そして拝啓 M様へと、なかなか調子も良く、今とは違い書けるときは書けるものだと振り返りました。
拝啓 M様は、文中にもありますが、手紙の手法で、昔と現状を交差させながら書いたものです。書いた相手が40年以上会っていないM氏です。突然の手紙、貴方だったら驚きますよね。
それが誰でも読めるブログなら、なおさらです。その辺りの面白さを表現させる狙いがありました。別の友人から高評価を頂いた作品でもあり、自信を持つことも出来ました。
気を付けなければならないことは、M様に対して、事実でもマイナスに成ることは絶対に書けません。それが40年会っていない、相手の現状が分からない難しさでもあります。書ける範囲と言うものがありました。
幸い数か月後に会い、その後ラインで、喜んでくれたことを書いてもらったのでホッとしました。自分のしたこと、間違いなかったことにホッとしたのだと思います。
そのラインの文面に、島田兄弟の評価もあったことには驚きました。同じ時期にアップしたので、島田兄弟を出してもらえたのだとも思えます。
新六郷の青空は、地味でもありますが昔の思い出を、セピア色の描写と昔の子供の思考や感情を、情緒豊かに描きたいと思いました。
島田兄弟(仮名)や同級生平野(仮名)は実在していましたが、買い物の話は創作です。
最後のハンカチの件は思いつきで、上手くまとまったと自分でも関心しました。島田君も大人への階段を上り始めた、それが結論でした。

旅?いえ、仕事です。18 いまどきの母親?と、新六郷の青空4で昨年は終わりました。私レベルとしては、そこそこだったと思いますが、どうでしょうか?
年が明けると、11月辺りから意識し始めた創作に重きが出て来ます。
意識と言うものは、何だか自分自身の思い込みや間違った評価も生まれます。この場(ブログ)自体が実験なのだから、それはどうでも良いことでもありますが、やっぱり良い作品を創りたい。その思いは強く出ますが、力み過ぎると失敗します。
平凡の少し下 長岡和男 54歳は、そんな「もの」だったのでしょうか?
少し前の自分と今の自分、みなさん(書見者の平均的な声)との構成で平凡なドラマ的な創り方、ネタがあれば続きを書くかもしれませんが、分かりません。

頭の痛みと風邪、旅?いえ、遊びです。明から暗へ、いまどきの56歳、現実の中にある私自身の思考と描写でした。
今の生活の中でどのように生きているのか?試行錯誤している自分の姿が恥ずかしい。しかし、それ自体がブログなのだから仕方ありません。

旅、いえ地獄です。蜘蛛の糸?これも作品として、やはり私レベルでは、と思っています。
創作になると、嘘(フィクション)の書き方があります。それ自体普通のブログとは違うことに成りますが、嘘を嘘として読んで頂く、それが出来なければ創作の技術は伸びることはありません。
漫画は二次元です。それでも三次元で描ければ、現実に近づきます。
野球漫画(こればかりですみません)侍ジャイアンツ、巨人の星、キャプテン、ドカベン、あぶさん、いったいどのあたりから本当の実話になるのでしょう?
いや、全て創作漫画です。
創作意欲のあるブログ、その辺りの面白さを感じて頂ければ幸いです。
新六郷の青空 N・K君の思い出は、昔話にギャクを足したような内容になりました。やはりギャグが入る内容でも、立体に創る工夫は私には合っているようです。
(立体とは三次元のことです。漫画は二次元ですが、大人の漫画は嘘でも三次元的に書かれています。ギャグでも、こち亀やサザエさんやちびまる子ちゃんは、三次元の世界です。その違いを私なりの解釈で、二次元三次元と使わせて頂いています)

速報 仮面ライダー訴えられる?これも評価は難しいかな?
1は最近にないくらい読んで頂きましたが、2、3と次第に減りました。何が書いてあるのか?どんな手法なのか?それが分かればもういい。そんな感じだったのでしょう。
最後まで読んで頂く技術、そこが私の一番の課題であり、勉強しなくてはいけないところだと思います。
ギャグとしての在り方?あまりいろいろなことを盛り込むと、それこそ分からなくなる。文章としてのギャグは、書見者に疲れさせる部分もあるのだと思います。
一般的な読書の在り方とは、漫画とは違い異なるのかも知れません。

そして最後は、三年4組クラス会です。まあ、最近の仲間内の話です。私自身、両親は亡くなっているし姉二人は東京にいないし、仕事はメールと携帯で済みます。将棋もしないので、そちらの友人とも疎遠です。
人間を書く(生きた題材)ことが極めて少なく、だから創作に走るのだと思います。
ファンタジーに始まり、戦い、死後を連想させる。最後はブログの創作だったことを、皆に告げる。
私らしい立体のギャグ、今までの中で一番の大作になりました。

まだまだ未熟な作品しか書けません。続けることが、いつしか良作と出会えることもあるでしょう。
まずは100回が目標です。皆様が少しでも読んで頂ければ、その後も続くと思います。

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もの思う56歳 2


昨年の秋、長ちゃんの日々長考を始める時、とりあえずの目標は100回でした。
ブログ雑色駅前将棋サロンの時も、最初は100回が目標でした。そうすると週三回の以前は九カ月、週二回の今は、約一年間の目標になります。
手の届く目標、生活が変わらなければ続けられる目標とは、そのくらいがちょうど良いものだと思います。
ダイエットでも、いきなりの目標では達成出来ません。
人間は、三の数字に相性が良いと言われます。まずは三日続ける。出来れば三週間、続いて三カ月。三カ月で一つのパターン(生活のリズム)に入ると言われています。
どんなに苦境な生活でも、三カ月で慣れることを表します。
そんな訳ではありませんが、サロンブログは800回以上、終わりまで書くことが出来ました。喜べる事かどうか複雑な気持ちもあります。振り返るとこうなりました。
大した事ではありませんし、趣味のレベルでしかありません。自分で自分を褒められる、何か内側にあるもの、成長を感じさせることのように思えます。

大きなことは、少なくても読んで頂いて貰える人がいる。それが一番の原動力としてあります。その中には、叱咤激励いろいろな感情があると思いますが、やはり読んで頂ける文章を書かないことには始まりません。
そして始まった、長ちゃんの日々長考。とりあえずの半分以上、60回は越えました。いくつか振り返りたいと思います。
「辞める辛さは異常なもの。」将棋サロンの終わりが、新しいブログの始まりでした。実はこの時点で、ある程度のネタはありました。自信をもって年内は続けられる、そんなところでした。
中心は、勿論「旅?いえ、仕事です。」それ以外の創作は、この時点では何もありませんでした。

旅?いえ、仕事です。ここの「上諏訪駅」「JR中央本線・高尾行き」「河口湖の霧」これは三本で一つの作品になりますが、ここから私小説風な書き方も出て来ました。
以前サロンブログでも「長岡君の私記!」の他「小僧の高級駒」「うなぎねこ?」「黒戸家の人々(1)」など、結構創作はありました。まあ、将棋ネタに尽きて仕方なく書いていたとも言えました。
しかし今思うところは、後に成っても読んで頂ける文章とはどう言うものなのか?それを考えると、今を伝えるよりも時間を取り外す書き方、そちらにシフトすることを考えました。
一般的に新聞やネットニュースは、新鮮さがものを言います。しかし、日が経てば記事の価値は激減します。昨日の新聞など読む気にもなりません。それとは逆を行けば良いと言うことです。

そんな感じで、旅?いえ、仕事です。は続くものの、どうしても季節感(私小説としての時間)は取り外すことが出来ません。それくらいはしょうがないと思うところです。日本に居て四季を感じるところは、誰でも同じ五感が働くものです。書かない訳にはいきません。
私小説を書くには、どうしても文章の立体化は必要です。三次元を描くことで現実感を表します。季節感は、一つの大切な表現方法です。
実験としての文章創りは、今の生活に欠かせない電車内での表現方法にありました。一つはギャグ(先にありもしないことを書いて、それを想像にする)それと失敗かも知れませんが、読んで頂いている側の思考が、みなさんとして何回か書きました。

11月に入り、旅?いえ、仕事です。から離れた形での創作「正義って何?」これは聞いた話を、多少工夫して書いたものです。現実の話でもあるが、創作でもあるところです。読み手の心を動かす技術が必要です。
そのあたりが新聞のように一つの事件を、結果を書くことが記事であって、それ以外のものを書くことで時間を取り外し、作品を古くしない(程度はあります)ことに成ります。

旅?いえ、仕事です。13「みなさんとの会話」先ほども書きましたが、実験としてのものです。この中では、前半蒲田駅での暗い状況説明~ギャク~後半、淡々とみなさんとの会話で進む。ハッキリ言って起承転結に失敗しています。
何か単純な直しでは同じだと思い、そのままアップしました。失敗している作品なんて少なくないからとの思いです。勉強だし実験との考えもありました。
それとは別に、自分の評価と他人の評価は違います。その辺りは後の作品にも感じるところがありました。
友人のJR職員、ここで初めて今現実的に存在している、自分以外の人間(知人)が出て来る。それほど自分には交友関係が無いと寂しい現状を書いているのだが、・・・・虚しい。
その友人が結構喜んでくれた。自分には意外なことだった。これほどサロン時代より読まれていないブログに、少しだけ書いただけだった。
意外と喜んで貰えるものなのかと思い、その後、調子に乗ることに成る。

旅?いえ、仕事です。14「席主と元席主」次の「しょうもないやつだけど、お前が好きだ!」この辺りは前回の失敗を教訓にして、起承転結や情緒あたりを強く意識して書きました。
完全に私小説です。席主を元席主が見かけて書いた、自分自身の感情表現がメインで、小田原の秋、田舎の原風景の描写です。
雲の表現?問いとして聞かれても何も思いつきません。でも、外堀を埋めるように、他の存在を意識させながら最後に答え(雲)を書く。文章ならではのトリックがあります。
意外と読まれた作品でした。
私自身、決まった手法がありません。何でも書くこと、それは視野を広げることにつながります。
やはりアマチュアなのだから、書きたいことを書くことが、一番良い作品に出会えるコツであると言うことです。

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もの思う56歳 1


過渡期ですな。読んで頂く工夫、今は考える時ではないように思えます。
今の私のように、創作として創りあげる「もの」には、情報としての価値はありません。いつでも読めるし、読後の満足感にもまだ信頼ありません。
もしかしたら、たまに良かったと思って頂く文章もあるかも知れませんが、どうでしょう。たまにでも読んで頂けるならそのような、ものとしての価値を感じて頂いているのかも知れません。

なぜ、続けるのか?趣味としか言えません。「なぜ山に登るのか?そこに山があるからだ」ジョージ・マロリー
似ていませんか?
アマチュア将棋指し、何だか言いにくい、俗に「アマ」と言います。言わば、その他大勢とでも言います。私も長らく、自分はアマチュア将棋指しとして時間を使って来ました。何を得られたのでしょうか?後悔もあります。
アマチュアの別の意味で、「愛する」言葉もあるそうです。文章を愛し、ものである文章を「作品」として認められる。そのあたりが頂上になるのかも知れません。
愛するものには、集中力、全力、努力、などが自然と備われます。後は持続性だけです。
「継続は力なり」続けることの結論が、そこにあります。
ブロガーは、書く内容に定義はありません。全てのブロガーは、アマチュア作家で良いのだと思います。アマチュアとは、その他大勢を意味しています。
アマチュア作家として、残りの人生を後悔しないようにする。そんな考えもあります。

もの(作品)づくり、自分自身としても七年続いている、いや、それ以前にも書く楽しみはいろいろありました。
それなりの創意工夫、仕掛けや技みたいなこと、技術としてのテクニックはあります。誰でも最初は、何をどのように書いて良いのか分かりません。それをどんなことでも文章にする。表現力を付けるコツ、私の勉強法の一つです。
コツコツと技術を磨く、頂上はまだまだ遠く、挫折しそうになったら休み回復を待つ。そしてまた歩く。文章を愛し、作品創り、情熱を灯したまま続けられれば良いと思います。

サロン時代は、誰も読まないブログと言い続けていました。それでも今からすると格段に読んで頂いていました。
お店に出入りするお客様や教室生徒、その親御様がいたからだと思います。一回の文章量は少なくても、週三回の更新は今より新鮮さはありました。
今みたいに、一回が結構長くその上続き物も多いと、うざく、観る頻度も下がるのは仕方ありません。
しかし、今の目的は完成された「作品」創りにあるので、新しい記事内容よりも、いつでも読める作品創り、にシフトしていることにあります。
それが過渡期との表現で表したことでした。

そしてサロン時代でも、特に読まれた作品三本紹介致します。

~まさかのテレビ出演!でも、しかし?~

これはテレビ東京の番組の一場面に、場所提供として将棋サロンを使って頂きました。
ザ・ブングルの加藤歩さんと女流棋士竹俣紅さんの出演でした。竹俣さんのブログに紹介されたことでのカウンター数でした。いわゆる棚ぼたですな。

~罪悪感がなければ、同じ誤りを繰り返します。~

この時は、三浦九段スマホカンニング疑惑の真っ只中でした。
私はハッキリ、黒と書きたかったけれど、そんなこと言えるレベルの人間ではありません。
いろいろな題材を元に、オブラートに包みながら書き上げました。意外と反応良く、皆さん読み止めて頂きました。

~少しシビアな話です。~

そして死刑廃止論に言及した内容です。どんなに小さな責任でも、人殺しになりたくありません。
法務大臣の問題ではなく、国民ひとりひとりの責任が法律を作ります。

この三本は特にカウンターを集めた三本と、以前から知っていましたが、どこにあるのか?探すことが大変でした。
そのうち他の記事まで読みだすと収拾がつかなくなります。自分で書いたことを、信じられない思いもしますし、今と違い、読まれることに重きあることが見えます。
そのような見方になると、文章の大切なところを見逃しているようにも感じます。
文章を愛していない、恥ずかしくもあり、不勉強な自分が見えました。

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るぱんさんせい 3


二年前、真紀男は田園調布の自宅に帰りました。いや、忍び込んだと言った方が正解かも知れない。悪い感情がそうさせたのだ。それはただ、お金欲しさに、あまりよろしくない気持ちからだった。
ギャンブルの資金が欲しい、そんなどうしようもない衝動だった。天下の田中飛車衛の息子でありながら、仕事もしないでヤクザな世界でのうのうと生きて来た。そんな真紀男であった。
しかしだ、夜中忍び込んだのは良いが、いきなり後ろから首の裾を掴まれ、ビックリしてひっくり返った。尻もちして見るが暗くて分からない。目が慣れて来ると、小柄な男が一人立っていた。
小柄だが物凄く威圧感があり、とても敵いそうな相手ではないことは直ぐに分かった。とにかく逃げた、一目散に逃げた。屋敷を出ると振り返り、追って来ない?あれ!?と思い、警備員でないことに気づいた。
いったい奴は何者なのか?怖さよりも好奇心が勝り、もう一度屋敷に忍び込んだ。
すると、父飛車衛と小柄な男が話しているのが聞こえて来る。いわゆる立ち聞きである。
話によると、破産寸前の父飛車衛を小柄な男るぱんさんせいが助けた、と言うことである。それは昔助けられたことへの恩返しだと言う。泣ける話であった。

真紀男は考えた。自分には目標が無いからダメ人間から抜け出せなかった。それを二十年間分からなかった。
目標を持つ大切さは、御釈迦様も言っておられることだった。
~以前には怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人はこの世の中を照らす。あたかも雲を離れた月のように~
そんな御言葉も心に抱きながら、真紀男は父飛車衛に対する償いを、今度はるぱんさんせいに恩を返すことで、成立させることを考えた。
どうすれば良いのか?簡単なことである。泥棒の修業をすることである。るぱんさんせいに弟子入りをすることである。
ところが、簡単なことでは無かった。まず、るぱんさんせいの居所を探し出すことに苦労した。日本には居らず、カリオストロ大国に居ることが分かり、向かった。
やっとの思いで探し出し、土下座して懇願するも受け入れてもらえなかった。それでもしつこくお願いするも、顔や腹を蹴られて断られた。ダメだった。泥棒にはなれなかった。

真紀男の人生後悔は、どうしてもるぱんさんせいに恩を返すことで、罪滅ぼしと考えるようになった。その上真紀男には、時間が無いことが最近分かった。
癌である。余命数カ月のところまで来ていたのである。このまま父飛車衛に対する罪滅ぼしと、るぱんさんせいに対する恩返しが出来ないまま、死を迎えるしかありません。残念で仕方ありません。
ところがである!!真紀男はひらめきました。
たぶんではあるが、真紀男の願いが御釈迦様に通じたと思いました。御釈迦様が教えになったことだと、真紀男は想いました。
簡単なことである。るぱんさんせいは今、カリオストロ大国に居る。ここでの出来事なら成立する話である。

この国では、るぱんさんせいの顔を知る者はいない。ここで大きな泥棒をすれば、るぱんさんせいに成れる。いや、成りきるのだ。るぱんさんせい自身に成るのだ。
世界的な犯罪の数々を知れば、この国では直ぐに処刑となる。自分がるぱんさんせいの罪を被ることによって、るぱんさんせい自身の罪が消えることになる?・・・・だが、真紀男はそう考えた。
自分はもうじき死ぬ運命、それが病死か死刑かの違いだけだ。その上、世界的大泥棒のるぱんさんせいとして死ねる。こんなに愉快な話は無い。さらに、本当のるぱんさんせいの罪は全て消える。
クククッ一石二鳥とはこのことだ。父飛車衛に対する罪滅ぼしとるぱんさんせいに対する恩返し、自分の短い命で、大泥棒の名誉まで後世に語られる、るぱんさんせいは自分であるとね。
クククッ一石三鳥?いや四鳥とも言えるだろう。本当に愉快愉快、こんなに嬉しい発見は生まれて初めてだ。本当に御釈迦様有り難うございます。感謝です。
真紀男は嬉しさのあまり、いつまでも街の中を踊りながら喜びながら走り回っていました。

そして真紀男はカリオストロの城に忍び込み、一番価値の高い宝石を盗んだところで捕まりました。
本人はるぱんさんせいだと公言し、カリオストロ大国の警察も、この城に忍び込めるのはるぱんさんせいしかいないと決めつけ、本人であることを確認して、死刑を宣告し罰しました。

自分はるぱんさんせいとして、死を迎えることが出来ました。ケチな泥棒ではありません。天下の大泥棒るぱんさんせいです。
父飛車衛にも罪滅ぼしが出来たと思います。そしてるぱんさんせいは自分ですから、貴方(本物のるぱんさんせい)は何者でもない、平凡で普通の人間でしかありません。
死後の世界に名声などありません。死ぬ段階で満足した人生だったと思うだけです。
それで良いと考えた、真紀男の人生です。
私が本当のるぱんさんせいだった、と言うことだけで満足した人生でした。

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るぱんさんせい 2


るぱんさんせいが忍び込んだ翌日朝、田中飛車衛は渡り廊下に立ち、都会の一等地にある自分の庭先を眺めながら思った。
自分が創りあげてきた会社、そしてこの家とも後二日でおさらばとなってしまう。今、三億円と言う大金を用意しなければ担保としてある物、全てが自分の手から流れる水のように消えてしまう。五十年もの間、必死で働いてきた全ての苦労が、一回の金融ショックで無くなるものなのか、辛く苦しい気持ちがこみ上げる。
ただ、信じて良いものか分からないことが一つある。それは昨晩ここに現れた、るぱんさんせいのことだった。
昔のお礼に三億円用意する。そんなうまい話があるものなのか?世界中から高額な美術品や宝石などあらゆる物、お金も何百億と盗む世界的な大泥棒、しかしそれらのほとんどは、不二子と言う女に貢いでしまったと聞く。
そんな男、ルパン三世(完全なる勘違い)が目の前に現れたのだ。いや、るぱんさんせいだった。どちらでも良い。問題は本当に三億円もの大金を持って来ることが出来るのか?信じたいが、やはり夢物語としか思えない。

三日目の夜、田中飛車衛は諦めていた。妻に身支度を言い渡し、自身の処遇も考えていた。
いくら天下の大泥棒でも、時間が無さすぎる。とそこに、庭で不自然な物音?ササーと人の気配がした。まさかと思い襖に手を掛けるが、ひとりではない、何か争っているような騒がしさ。サーと襖を開けると、ひとりが捕まえようとするが、もうひとりは、その手を跳ねのけて逃げてしまった。
残ったひとりは役人か警官?逃げたのは、るぱんさんせい?暗くて分からない。しかし逃げたひとりは、チラッと見えたようにも思うし、どこか知っている顔にも思えた。
暗い中、残ったひとりがさらりさらりとこちらに来る。!?それはるぱんさんせいだった。
「遅れて申し訳ございません。とりあえず、ここに残りの五百万円あります」と紙袋に束五つを見せ「後の二億九千五百万円は、昨日一昨日と忍び込み、この家の軒下に隠してあります」と言った。
唖然とする飛車衛を横目に見て、「先ほど逃げられたのは、きっと盗人でしょう。ここにこれだけのお金があれば、何か悪人の感でも働いたと思います」と言い、知らぬ間に消えてしまった。
呆然とする飛車衛、ガクッと腰を抜かしたように座り込み、両手を合わして、「私たちのために本当に有り難う。るぱんさんせい君、なんと御礼してもしつくせない。この御恩は、また何かの折にきっとお返し致します」とハッキリ言葉に出して言った。そして涙を流し、頭を深々と下げた。

この一件により、田中飛車衛は立ち直った。
そして二年の後、るぱんさんせい逮捕と新聞に大きく出た。記事の内容では、数々の重罪により死刑に処した、と書かれていた。
捕まった国がカリオストロ大国だったために、大国の法に従って、逮捕即死刑となったようだ。

おや!?・・・・新聞の写真には、なんと飛車衛自身が載っているではないか?いや違う、そんなことあり得ない。自分自身でも若い頃の写真だ。
これは真紀男だ!!気づいた瞬間、涙が零れ出て止まらなくなった。
この少し薄笑いのある写真、何か誇らしげにも見える。大泥棒の最後にしては、あまりにも栄光に満ちた表情が伺える。どうしてだろう。
飛車衛には疑問だらけの記事だった。何かパニックにでもなりそうな感情が沸き上がる。分からない。
るぱんさんせいは真紀男だったのか?いや、そんなはずはない。二年前、飛車衛自身もるぱんさんせいに会っている。違うことくらい分かる。
真紀男とは二十年会っていない。いや、会ったようにも思える。
でもどうして、真紀男がるぱんさんせいになって、そして死刑にならなくてはいけなかったのか?そこが一番の疑問点である。
新聞には、ルパン三世なら顔が割れているので人間違えはあり得ないが、るぱんさんせいだと誰も分からない。と書いてある。もし本人が本物のるぱんさんせいだと名乗れば、そうなる可能性はある。

新聞にある、真紀男の顔は誇らしい。薄笑いの中、何か語っているようにも見える。
「お父さんお母さん、先立つ不孝をお許し下さい。二十年前、家を飛び出して帰ることはありませんでした。しかし二年前、一度だけ帰ったことがありました。その時の理由は聞かないで下さい」
「!?やっぱし!」と飛車衛は思った。しかしそれは飛車衛の空想でしかなく、確信は持てないものだった。
「この二十年、私はヤクザな生活に明け暮れていました。面白いことや楽しいことには限界があります。辛いことや苦しことの大切さを知るに至りませんでした。でも、今回のことで、ある意味人助けをしたと思います」
空想とは言え、いったい真紀男は何を言いたいのか、飛車衛には分かりませんでした。写真に見える真紀男の微笑、薄笑いに見えた表情が段々と変わっていくのが分かります。
確かに、飛車衛の心の動きでしかありません。写真と対面し、相手の心を読む、それも今では生きていません。
写真がものを言うとは、このことかも知れません。
「お父さんごめんなさい。私の死はきっと、お父さんにも分かってもらえることだと思います。それが私の、二十年間の償いでもあるからです」
飛車衛の涙で、新聞の写真、真紀男の顔も泣き顔に変わって行くのが分かりました。

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るぱんさんせい 1


私の名前は、るぱんさんせいです。勿論あだ名に決まってます。
あれ?いや失礼、世代的にルパン三世のファンでした。そんな訳ではございませんが、三億円事件を始め過去ある大きな泥棒事件に数多く関わって来ました。
しかしもう、おいぼれでございます。身体を自由に動かすのも大変な歳になりました。すでに数年前から引退を考え、泥棒稼業から手を引いております。るぱんさんせい、天下の大泥棒との名前は誰でも知るところ。未解決事件のほとんどを、私の仕事ではないことまでも、あの事件もこの事件も、るぱんさんせいの仕業だとの名誉ある?言われ方をします。引くに引けない気持ちとは、名前のある名誉心から来るものなのでしょうか?分かりません。
ぶらぶらと、夜中田園調布、街中を歩いていると目に付くのは大きな屋敷、家々でございます。防犯チェックはひと目です。長年の経験とでも言うものでしょうか?150㎝45㎏、今この瞬間にでも屋敷に入り、仕事を成功に収めることはいとも簡単なことです。天下の大泥棒、るぱんさんせいのなせる技と言うものです。
田中飛車衛?どこかで聞いたような名前、和式の豪邸が眼に止まりました。何か記憶の奥底にわだかまりみたいなものがありました。何か虫の知らせとはこのことでしょうか?サッと塀に飛び上がり、木々をかぎ分けてするすると降りると、池に片足がポチャ!?、これは愛嬌と言うものです。
廊下越しにいくつかの部屋があり、一つに灯りがともしてある。そ~と近づき中の様子を伺うと、話し声が聞こえて来る。老夫婦?声の感じで分かるものである。
「事業に失敗した。もう私の運も尽きたものだ。こんなタイミングでブルース・リーマンショックがあるものとは、私の感も鈍ったものじゃ」
「シクシク・・・・会社もそうですけれど、この家も全て手放さければならないのね。シクシク」
「泣くな!それだけではあるまい。膨大な借金に押しつぶされて、スルメイカになってしまいかねないぞ。どうするよ」
「シクシク、こんな時に一人息子である、真紀男でもいてくれていたら、どんなに心強いか分かりません。シクシク」
「真紀男かあ、二十年前に飛び出したっきり、じゃなあ~。私に良く似ている。声だけじゃないぞ。顔も似ているのだ。ここは後の振りじゃ、覚えておくのじゃ」
「え!?なんのこと?シクシク」
「い、いや、何でもない・・・・誰かおるぞ。盗人か?」
「ヒッ・・・・シクシク」
その時すでに、廊下に上り襖越しに聞き耳を立てていたが、当然中から影がしっかりと見えていた。
田中飛車衛はタイミングを計り、そ~と襖の方に行くと、るぱんさんせいも気が付き!お互いに襖を開けた!お互いの顔が目の前に来たものだから、二人は大きく仰け反りひっくり返った。
「誰じゃー!」一括すると睨み合い、距離を置き、お互いが体勢を立て直した。
るぱんさんせいは「ハッと」気付き、「!?貴方は?もしかしたら・・・・二十年前、カリオストロ公国でお会いしませんでしたか?助けて頂いた記憶があります」
「いかにも、私は以前、カリオストロの城で庭師をしていた。愛犬カールとじゃ。ここでクラリスと真紀子いや真紀男を並べるのは、さすがに無理があるし批判も出そうなので、控えておく」
「クラリス?知らない」
「うむ。それで良い、・・・・あ!?お前は、あの時の死にぞこないじゃな。城に盗みに入るなんてむちゃなことするからだ」
「若かった。それだけだ」
「この屋敷に盗みに入っても、もう、もう何も無い。あるのはスルメイカだけだ」
「スルメイカ?」
「シクシク・・・・借金に押しつぶされたスルメイカの意味よ、比喩なのよ。分かりにくいわね。メタファーとも言うわ」
「なるほど、押しつぶされたからスルメイカね。面白い!・・・・先ほども聴いていたが、だいたいの事情が分かった」
「何!?どういう事だ!盗みに入った訳ではないのか?」
「そうか、私の第六感とはこう言うことだったのかあ。いや、盗み自体は今はしていない。でも、これからしなくてはならないのか?」
「何だと?分からんぞ」
「昔助けられた恩を、今返す時だと思ったのさ」
「・・・・。」
「さて、必要なお金とは幾らくらいになる」
「三億円じゃ。それも後三日での決済じゃ。天下の大泥棒、ルパン三世でも時間が無さすぎるじゃろ」
「三億円、三日。分かりました。何とか都合付けましょう。・・・・ルパン三世じゃなくて、るぱんさんせいです。ルパン三世は、ファンが多いので気を付けて下さい」
「分かった。るぱんさんせいだな」
と次の瞬間、るぱんさんせいは旋風が舞うように、一瞬で消えていなくなった。
「シクシク、本当にるぱんさんせいさんは、私たちを助けてくれるのでしょうか?」
「分からん。しかし可能性はある。誰もが知る天下の大泥棒、るぱんさんせいだ。一筋の光明とはこのことか?わしらは希望を持ち祈るしかあるまい。スルメイカにならないようにじゃ」
と二人の老夫婦は、暗闇の夜空を見上げると、ひと光の星が流れるのを観た。
姿勢を正し、手を合わして静かに眼を閉じました。

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旅?いえ、仕事です。 21


そうそう、平日のこの日の午後は天気も良く、千葉駅から浦安に行くために、京成線で西船橋に向かうところでした。
発車まで五分ほどの余裕がある。自販機が後ろの方に見える。歩き、ブラックコーヒーをスマホのスイカで買い、一番後ろの車両中ほどに乗車。数人の乗客、人の少なさに落ち着きを感じ、疲れた身体をコーヒーで癒す。
斜め前、ヤンキー風でレゲェ?今時代の少し道を外した感じの若い青年。うつらうつら寝ているが、手にはスマホ・・・・から・・・・コトン、あ!落ちた。でも起きない。自分も含め数人の乗客、見て見ぬふり、起こしてあげれば良いのだが、何かめんどうにも思える。
私は鞄を膝の上に置いて、空いているのに場所を取らない恰好。暖かいコーヒーに満足し、午後の柔らかな陽射しと、チュンチュン、チュンチュンと雀の鳴き声に情緒を感じる。と、ここは一番後ろの車両、確認作業のため後ろのホームに居た車掌が、つかつかと入って来た。
スマホを拾い、「お客さんお客さん。落ちてますよ」と声を掛けた。朦朧としていて分かったような分からなかったような、若者はスマホを手に取り、またうつらうつら落ちそうで落ちないスマホ、まるでギャグだね。気に留めることはない、落ちたら拾ってあげれば良い。車掌は後の運転室に戻り出発の準備。車内は和んだ空気が流れていた。

以前にも朝の大江戸線、座れる程度の混みぐあいだった。隣に座る若者二人は寝ていたが、手にはスマホ。コトン!やはり落ちた。本当は隣に居る、私が起こしてあげるのが親切の基本みたいなもの。やはり私は、鞄を膝に置いて寝ているふり。少し気になることは、この時スマホが前の座席との真ん中くらいまで行き、新しく乗車した客が気が付かなく、踏むリスクがあった。
ところが前に座った、小柄なおばさんが気づき、スマホを拾い一人の若者を起こすと、その反動で隣の若者の帽子が落ちた。またそれを「ごめんなさいごめんなさい」と言いながら拾うと、もう一度スマホが落ちた。焦るおばさんだが、若者二人は起きているようで寝ている。何とかスマホを手に取り、帽子も手に取る。頭を下げる恰好は取るものの、声には出さなかった。落ち着き、おばさんは前の席に座り、次の駅で降りて行った。隣りの若者が何か話し出すと、日本語ではなかった。
何か複雑な気持ちが心に残る思いがした。
人への親切は大切なことである。それが分からない若者であっても、言葉の分からない外人であっても同じである。回り回って、誰かの親切に助けてもらうこともある。
助け合いの精神は、村社会の日本人では常識である。日本人は神教なのだから、・・・・そこまで言うつもりもない。そんなことに遭遇したら、助けてあげる、そんな普通の行動が出来なくなっている自分に、もどかしさを感じているのだろう。
落ちたスマホを踏まれても自己責任でしかないと思う気持ちは、自分自身を狭い世界へと、追い込むきっかけになるものである。
小さなことから直していかないと、大きな間違いを見逃すことにもなりかねない。

西船橋で東西線に乗り換える。
と、これを書いている今、ピンポ~ンと家の呼び鈴が鳴り、出てみると、宗教の勧誘だった。おばさんだが「お金は取りませんから、この小誌、読んで頂けませんか?」神と書いてある。私が言葉に出来ないでいると、「宗教は興味ありませんか?」「う~ん」「ごめんなさいね。暇なときで良いので、置いて行きますね」良い顔をしないでいると、「そうですね」と小誌を鞄にしまい、「ごめんなさい」と言われたので、「ごめんなさい」と返した。
宗教には物凄く興味あるが、それは、人に教えを頂くことではない。自分自身で勉強して、真実を見つけることにある。生きている人は、やはり人間である。死後の世界を知ることはない。
仏教は御釈迦様だが、それは初めの一点にしかすぎません。歴史が仏教を創り、「神と死」と言う武器で支配してきたと言えます。キリスト教も同じです。
こんなこと、私程度の人間が言っても仕方ありませんし、怒られます。瀬戸内寂聴さんのお話を聞いていると、そんなことが如実に分かることがあります。

東西線に乗ると何だか広い。それは車内ではなく外の景色の広さだが、高いところを走っていることだと思う。
座席は奇麗に埋まり、立っているのは自分を含めて数人と言ったところ。真ん中あたりのドアに凭れて、車内全体を見回せる。外の景色との調和がなんとも言えません。表現が難しくもあります。
前の方に、車椅子を置くスペースで、赤子を抱く大きめの若いお父さんが見えます。
そうそう、寂聴さんの話で私が一番感じることは、寂聴さん自身、死んだらどうなるか分からない。と言っておられます。
出家して四十年以上現在九十五歳だった?今でも頭脳明晰でハッキリしておられます。もしかしたら日本で一番とは言わないまでも、そうとう神様に近い人間とも思えます。そんな人でも死んだら、天国に行くのか地獄に落ちるのか、それとも輪廻転生で生まれ変わるのか、何も無い「無」になるだけなのか、分からないと言われています。結局のところ誰も死後の世界は、人間には分からないと言う結論を、知ることが出来ました。

お父さんに抱かれた赤子が泣き出し止まりません。お母さんが出て来て、大きめのベビーショルダーをお父さんから付け替えます。その間中赤子の泣き声は車内に響き渡りますが、綺麗に乗車しているお客は何事もない、表情の無い顔が印象的に見えました。
宗教は、本当はビジネスではいけません。お坊さんは、袈裟を着ている時だけ神様に使える人になります。
古いお寺の裏には大きな家があり、ブクブク太った人間が、袈裟を着ると変わると言う現実。それは袈裟の意味も分からない、いや、分かっているのだけれども、今時代だからしょうがありません。
しかし、宗教の建物は立派な建築物が多い。結局は人間のしている事、御釈迦様もキリスト様も、欲に対しては否定的だったはずです。
自分が神様だと思う時は、死んだ時です。欲とは、人間を表現していることです。

お母さんに抱かれた赤子はピタリと泣きやみました。何事も無かったように静かになる車内。母親は赤子に対して最善の対策をしたことが分かります。
それこそが「中道の教え」となります。何事も自然に無理せず、一つ一つ対処していくしかありません。


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旅?いえ、仕事です。 20


月曜日の午後、この日も仕事を一つ終え、JR千葉駅に居ました。こういった大きな駅でも、平日の昼間は人も少なく落ち着いています。
電車移動が多く面倒ではありますが、意外と助かることもあります。それはトイレです。まず、無い駅は(ごくたまに、構内に無く、外の公衆便所の場合も田舎の方にはありました。)ありません。
首都圏の駅は当然のごとくどこでも綺麗なトイレ、今時代はそれが当たり前になっていますが、いったい一日に何千人の乗客が使用するのでしょう。それでいて、これほどの清潔感を維持出来ていると言うことは、東京だけでも何千人?いや、何万人の清掃員の方々のおかげだと思います。
感謝の気持ち、誰もが少し考えれば分かることだけれども、駅と言う公共機関は、不思議なくらい慌ただしい場所。生活の一部であることが、他人のことを考える余裕などなくしてしまう場所のように思えます。
綺麗であること、清潔であること、あたりまえの状態ではありません。誰かの手を汚して保たれている、それが仕事であるかどうかは関係ありません。少なくても使用した時には、感謝の気持ちを表すだけで良いと思います。
それ以上何も出来ないのだからそれで良と思います。

あれは小田急線本厚木駅だったかな?男子トイレの小便便器に、目隠しの衝立が設置してありました。あまりにも珍しい。と言うよりも、これだけ電車に乗っていて初めて見た。
どのくらい意味があるのだろう?たぶん普及しないと思う。若い人は見られたくない気持ちも分からなくもないが、そもそも他人のものは見ない。見て楽しむ人などよほどの変態か何かと思う。何を考えて設置してあるのだろうか?本当の無駄とは、こんなところだろうなと思ったりもする。
ホームドアもどうだろうか?事故防止の安全性なら、真鍮の柵でほぼ問題ないと思うのだが、何がいけないのだろう。柵は落ちそうになった時でも、「捕まれる。」それだけでも大きいし、本当に、見た目にも安全性を感じると思うが、どうしてだろう。
ホームドアは自殺防止だと言うのだが、本当だろうか?飛び込まれたらそれこそ助からない。何かもろく、倒れそうにも見える。
停電になったら動かないとも思うのだが、・・・・?そもそも停電になったら電車は走らない。

そして駅で最近増えたと思うのが、警備員さん。これは安全性には大変良いことだと思う。
しかし私には、少し複雑な気持ちもある。
それは先ほどの清掃員と同じく、誰が遣ってくれているのだろうか?
アベノミクスは高齢者の仕事を増やしたと言っているが、介護もそうだが、実態はこう言うこと(これ以上詳細には書けません)でしかありません。いや、悪いことではありません。
老人が老人を守る、そんな社会になりつつある。致し方ありません。

サロンを閉めたとき、一番最初に考えた仕事が警備員でした。今考えるととても出来ない。立哨など30分も出来ません。落ち着きのない56歳とも言えます。
自動車に乗ることも多いが、あの赤い誘導棒一つで、自動車を止めたり動かしたりするのは、かなりの危険と隣り合わせだと思います。
警備員と言ってもいろいろ仕事はあると思うが、とても私には出来ない。単純作業も駄目だし、この歳で、よくぞ今の仕事があったものだ。しかし収入は少ない。
痛し痒し、大して技術や資格もないのだからしょうがない。

以前はパスモの便利さに驚いたことを書いたが、今はスマホの中にスイカを入れた。(スマホが甘くなり、種が出て来た?など思わない。)まだ、直接カード決済はしていないが、コンビニでチャージ出来ることが本当に便利さを感じている。
キャッシュレス時代、これは本当に止めることの出来ない流れだと思う。もともと、お金など世の中にある金額はたいした額ではない。
世の中を動かしているのは数字だけだと言っても良い。私みたいなアナログ人間には危機感もあるのだが、・・・・いや、本当は危ない事だよ。信用=お金、ちょっとしたことで価値は変わる。
そんな経験、今まで日本では戦後無かっただけの話。皆が心配すれば、それは危険回避出来るかも知れません。
「心配事の九割は起こらない」と言います。それは事前に、危険を回避する注意を持つことである。
世の中には、思いもよらない危険の方が多くある。意識する事より、意識していない事の方が多いからである。
五十年前から関東大震災は近いと言われながら、未だに起こらない。その間に、関西、北海道、東北で起きている。
危険とは、「意識していると九割は起こらない」確率論でも正しい考えであると言える。

お金は大事である。当然であるが、特に日本人は使わない国民だと、日本人自身思っている。
小さな島国、農耕民族、米の保存性、村社会、当然もともとある日本人の守りの生き方は間違いではないと思う。
しかし、やはり戦後見える形で、円の暴落を見ていない。そりゃあ何回か不景気はあるだろうけど、例えば百円で買えた物が突然千円になることは経験していない。
東ヨーロッパ、ロシア、中国、北朝鮮、韓国でも十倍ではないものの、それに近い話はある。起きる時には起きるものである。
「心配事の九割は起こらない」誰もが、お金を信じていた時、思わぬことは起きるもである。

話が自分の想っていたことと違う方向に行ってしまった。

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旅?いえ、仕事です。 19


午後の昼下がり、取手発勝田行き(水戸)の常磐線に乗っています。今、石岡の少し前と言ったところです。
電車に乗ること自体は仕事と関係ないけど、乗らないことには現場に行けません。一日平均五時間くらいは乗っているかな?ひと時でも雑多な東京を離れられることは、心に清涼感を頂ける思いがします。
青い空にふわりふわりと流れる白い雲。建物が少なく広々した森林や畑が色付き始める中、ガタンゴトンガタンゴトンと一定のリズムで走る電車。
冷たい空気を感じさせる中、陽射しの柔らかい暖かさは、春近しを体感出来ている、軽いときめきが芽生える思いでしょうか?
このくらいの田舎このくらいの時間、乗客も少なく、四人ボックスにひとり。窓際に肘を付き掌に顎を置き、ボケ~と項垂れている姿は、何か幸せを感じさせる画に思えます。
このシリーズも19回目になったけど、今年初めてだったとは自分でも意外でした。その、が消えている。
未だに仕事の内容書いていないのだが、それを謎解きにすること自体、なんだかどうでも良いことに思えて来る今日このごろです。

何を想うか(書こうか)と考える。
私には少し御縁の無いことだけれども、女性の美ってどう言うことでしょう。春らしいと言えばそうでしょうね。
私にとっての永遠のアイドルは、アグネス・チャンでした。真ん中から分けた長い黒髪、ワンピースに白いソックス。純白、それが私の思う美しい女性象でした。美少女かな?
新六郷の青空ならともかく、今、書くことではないように思えて来る。自分らしくない、逆に気持ち悪い思考でしょうか?そうですか、そうでしょうね。
でも続けます。ケイト・ブッシュ、知っていますか?イングランドのシンガーソングライターだそうです。
勿論昔の話ですが、高校生の時、化粧品か何かのCMに出ていました。天使と小悪魔のアルバムジャケットの印象、そしてローリング・ザ・ボールのヒット曲は、やはり女性(少女)の美しさを感じさせるものでした。
こんなこと書いても変な趣味(少女)は無いですよ。
本当に時代と言うのか、今ではYouTubeで当時の映像がいくらでも観られるようになりました。有り難いことです。
ケイト・ブッシュのローリング・ザ・ボールは、どちらかと言えばトリッキーな曲?純粋な曲とは思えません。まあ、勝手に歌詞内容も知らないで、少女の想いのような曲に感じていた自分が笑えます。
昔のプロモーション映像観ると、嵐が丘と言う曲の舞いでも、クラシックバレイが下地にあるように見えます。ピアノも弾いていますし、かなりの英才教育で、良いところのロンドン育ちも分かります。
しかしアグネス・チャンの持つ、純白な少女とは違いますし、似てにつかぬ美しさに、最近驚きがありました。
ケイト・ブッシュは何を考えているのか分からない。以後のアルバムでも、方向性が私の想いとは違うものを感じます。まあ、歌詞も分からないのだから仕方がないことです。
何かもったいないものを感じるのは、容姿ではなく、性格なのかな?趣味が合わなければ関心も薄れるし、見方自体も変わることでしょう。
ファン側の見方なのだから自由です。

石原真理子と沢口靖子の全盛期。少女とか純白とは少し違いますが、女性の美しさならば、私の記憶の中では歴史上ナンバー1、2ですな。大げさです。
当然ですが、女優になると創られた性格もありそうです。それが商売ですから、騙される側なのだから仕方ありません。
人は喋ると性格も出ます。容姿の美しさは、性格も含めた人間的な美しさとは少し違うところです。だから容姿の美しさは、見る側の想像が大きく含むものです。

車内では、少ないながらも人の出入りがあります。どこかの駅で中学一年生くらいの少女、三人乗って来ました。そこで今日が、土曜日なのかと思いました。
空席の多い車内なのだが、あっち行ったりこっち来たり、キャッキャキャッキャと、うるさいほどではないが何か視線がそちらに向く程度でした。
田舎の娘、そんな素朴さと明るさを感じます。そのような趣味は無いですよ。カップルでもおじさんでもおばさんでも、何か見てしまう、ことってあるでしょう。
公共の場での行動は、誰でも見る側見られる側、両方あるとしたものです。
斜め前のボックス席に三人の少女は座り、落ち着いたかと思っていると、順番に席を替えて回ります。何が面白いのか分かりません。
キャッキャキャッキャと何か遊んでいる、そんなことが楽しいのでしょう。そして無邪気な可愛さを振り撒いています。
見ていて可愛いと思う気持ちは、おじさんとしては正常なことです。他人でも子供が可愛いと思えるからこそ、子孫のつながりはあるものです。微笑ましい可愛さとでも言ったものですな。

少女とは関係ありませんが、男はしたいことをする。女は自分のことだけしか考えない。
大脳の奥にある爬虫類の脳にある思考ですが、当然子孫を絶やさないために必要な本能です。大脳が情動脳や理性脳によって現実を難しくしているだけですが、本能の奥底には、
オスはしたいことをする。メスは自分ことだけを考える。意外と気づきにくい本質のように思えました。

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長澤忠男

Author:長澤忠男
人は「私はこういう人間だ」と自分で考えるその通りのものになります。
それと異なったものになることはない。

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