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速報 仮面ライダー訴えられる 2


ひとりの元ショッカー戦闘員である、老人の告訴状は、マスコミに記事は小さいが多く取り上げられた。
仮面ライダーとしても、当然悪いと思って起こした戦いではないので、裁判には真っ向から受けるつもりであった。
常識には時代間の意識の違いもあるが、この案件に関しては、四十五年間の誤差は見えないと思う。ですから今の裁判、裁判員制度がそのまま適用されても問題はなさそうである。

テレビ局では、告訴人の元ショッカー戦闘員車田種三郎を出演させた。勿論見えないように曇りガラスでガードして、声も変えての登場である。
情報ライブヤマネ屋もその一つである。司会の山根政治との一問一答で進みます。
「こんにちは、山根です。今日はお忙しいところ有り難うございます」
「こんにちは、車田です。どうぞ宜しくお願い致します」
「車田さんは、今回仮面ライダーに対しての刑事訴訟でよろしいでしょうか?」
「そうです。四十五年前の戦闘で、兄種一郎が蒸発したのは仮面ライダーの責任である、と言うことです」
「それは直接の犯行人である蜘蛛男も、未だに見つからないこともありますよね」
「そうなんです。責任の所在がどこにあるのか?蜘蛛男は後に、仮面ライダーとの死闘で消えました。そこら辺りに問題が隠れていると思います」
「戦闘自体は、どうして起こったのでしょうか?緑川教授の蒸発もあります」
「どうしてでしょうか?仮面ライダーが手術(改造人間手術)に失敗して、我々の団体を憎んでいたことはありました。緑川教授のことは、私は詳しく分かりません」
「手術?何の手術ですか?」
「盲腸か何かじゃないですか?私は医者じやありませんから知りません」
「あれ?ショッカーって何の団体ですか?」
「一応宗教団体です。その中に、お医者さんもいて資格もあります」
「なるほど、・・・・車田さんは、なぜ、ショッカーに入ったんですか?」
「そうですねえ。最初は郵便ポストに広告が入っていました。宗教には興味無かったんですが、仕事として入ることにしました。当時兄弟で無職でしたから、仕方なくです」
「ですけど、宗教とは無縁の武装行為もありますよね。やっぱし何か知っていましたよね」
「いや、格闘技はあくまでも修業の一貫だと、思っていました」
「格闘技?・・・・蜘蛛男さんは、さすがに人間では無いですよね。何者ですか?」
「いや、普通の親切なおじさんです。でも、あのとき以来蒸発したままです。探して下さい。・・・・毒針殺法は護身術の一つです」
「護身術と言うかなあ。今でもショッカー、続いているのですか?」
「いえ、あの戦いまでです。兄の蒸発したことから、兄探しの旅に出ていました」
「え!?それじゃ四十五年間も、ですか?」
「そうです。日本中隅々と探しました。しかし、こう言う形で(テレビ)探すことが出来るとは、幸いです」
「そうですか、それじゃお兄さんに一言呼び掛けて下さい」
「種一郎兄さん、種三郎は四十五年経った今でも兄さんの帰りを待っています。今回仮面ライダーとの勝負は、戦闘の戦いではなく、司法での戦いになりました。必ず勝って、兄さんと昔の様に暮らしたいと思います」
「兄さんが見つかるまで、頑張って生きて下さい。裁判応援しています」
「有り難うございました」
「一応筋が通っていたように思います。え!?明日は仮面ライダー出てくれる?そう、そうですか、どんな意見を言うのか楽しみですね」

仮面ライダーは自問自答するしかなかった。何の為に戦い、誰の為に地球を守って来たのか?ショッカーの目的が地球征服じゃないとすると、そもそも戦いの意味が分からない。
ショッカーの存在、それは地球に必要なことだったら、それを潰してきた私自身が悪者となる。裁判の意味はそこにあると言える。
やはり、裁判に勝たないことには自身の名誉もそうだが、過去の生きざまを否定することにもなるだろう。
何と言っても、今まで応援してきてくれた、全国の子供たちに申し訳が立たない。
戦いの場を司法で、それは仮面ライダーも同じことだと決意を固めるのであった。

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速報 仮面ライダー訴えられる? 1


ライダーとは、仮面ライダー1号本郷武のことである。
告訴人は当時ショッカー戦闘員の一人、車田種三郎(仮名)七十五歳である。
罪状はライダーとの戦闘中に、兄である種一郎(仮名)が、間違って蜘蛛男の毒を刺されて泡となり、消えてしまったことにある。
その後兄は消息不明となり、以後四十五年間現れることがなかった。同時に蜘蛛男も仮面ライダーとの戦いにおいて、最後は泡となり消えてしまった。
本当は蜘蛛男に告訴することが筋だが、消えていないこともあり、戦闘相手である、仮面ライダーこと本郷武に裁判を起こしたと言うことである。
一見矛盾にも感じるところだが、何か正論もありそうなところにも思えてくる。

各紙の反応はどうだろうか?
毎朝新聞
正義の仮面ライダーの罪と罰とは?と言う見出しに始まる。
ショッカー戦闘員である、車田種三郎の告発状は果して正論なのか?そもそもこの戦いはなぜ起こったのか?そこが重要である。
ショッカーは、地球征服のために活動している団体である。仮面ライダーは公務員ではありませんが、私たちのために自衛している、民間の警察官と同じである。
戦いは、ショッカーの攻撃に対する防衛であり、仕方のない反撃とも言える。その戦いにおいての犠牲、それも蜘蛛男との同士討ちは、ライダーの過失ではない。
蜘蛛男はショッカー戦闘員以外にも、緑川教授に毒針を刺して泡にしています。今はまず、蜘蛛男の消息を探し出すことが必要となります。
そしてショッカー戦闘員には、共犯罪が適用されても不思議ではありません。共同正犯と言えます。

経共新聞
仮面ライダーが被告人?
戦いにおいての防衛、それは間違いありません。そもそもこの一連の戦いにおいて亡くなったとされる、緑川教授、ショッカー戦闘員、蜘蛛男の遺体が無いことには始まりません。
ショッカーの団体としての意味はどこにあるのでしょうか?世界征服?それは表向きの顔でしかありません。本当は、何かしらの宗教団体かも知れません。もしかしたら子供たちに夢を与えるために、自ら悪役を買って出ている団体かも知れません。
どれくらいの犯罪があるのでしょうか?過去の犯罪も、過程はともかく結果は仮面ライダーに阻まれているように思われます。ショッカーに対する犯罪ニュースは見たことありません。
四十五年前の事件、この裁判は大きな意味を持つ結果を創るかも知れません。ショッカーと仮面ライダーとの戦いは、これ以後毎週のように続くからであります。

読日新聞
仮面ライダーの犯罪を考える。
なぜ日本には、自衛隊や警察官がいるのでしょう。ショッカーと言う団体、初めから国で守らなければなりません。
本郷武は並外れた能力の持ち主ですが、一般人です。そのような人に危険を侵すこと自体おかしな話だと思います。ショッカーと仮面ライダーの戦いを未然に防ぐ、そこが国の役割として重要なところです。
ショッカー自体、世界征服と言っていますが、どのくらいの規模の団体か分かりません。世界中に支部があり、何万もの戦闘員がいるとのことですが、本当は日本にしかなく、戦闘員も十人にも満たないかも知れません。
マスクの意味がそこにあることも、指摘あります。毎週毎週死んだふりなどしていると、噂が出ています。
その辺りを詳しく調べるべきだと思います。

東産新聞
仮面ライダーの存在とは?怪人力学専門家 宇都宮教授に聞く。
そもそも仮面ライダーは、人間でしょうか?確かに本郷武と言う名前もあるし、人間から生まれたことは確かです。改造人間?と言う話ですが?ショッカーにですか、それはお気の毒に思います。
人間離れした肉体に変わったと言うことですね。では、ショッカーにも同じことが言えることですね。蜘蛛男は人間でしょうか?半分人間?分かりませんし信じられません。蜘蛛が人の言葉を喋ると、大笑いです。
昔蠅男なる映画がありました。あれと同じですか?そうですか、それでは見せて下さい。それからでないと何も答えられません。
近い内に、仮面ライダーのマスコミ出演があるそうですから、それからだと思います。

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新六郷の青空 N・K君の思い出 3


N・K君が読み終えると一瞬の静寂、後ざわめきの中、大きな拍手が沸き起こりました。
D先生は立ち上がり生徒と同じように拍手して、皆を静め、「本当に楽しい思い出ありがとう。先生も、万博に行った気分になりました」眼鏡の奥には満足そうな心持が見えます。
N・K君は改めて、皆に頭を下げた。もう一度拍手が起こりました。そして退きました。

次の瞬間!!皆の視線が私の方に向いたのは当然のことです。D先生も私を見て、「次は長澤君ですね。どうぞ」と薄笑いを見せ、眼鏡が光りました。
私には自信がありました。ゆっくりと歩き教壇の前に立ち、原稿用紙を開き読み始めました。

「風邪   長澤忠男
朝、重い瞼をそっと開ける。冷たくも陽射しが明るく入る。チュンチュン、チュンチュンと雀の鳴き声がいつもより遠くに聞こえ、平常ではないと気づく。
身体が怠い。汗でべとべと、喉がカラカラ頭が痛い。
こんな体験、生まれて八年初めてのことだ。母が朝食の時間だと、階段の下から呼ぶ声がする。いつもより遠くに聞こえる。
身体が怠い。汗でべとべと、喉がカラカラ頭が痛い。
動けない。時間が経つと、母が二階に上がって来た。私の荒い息遣いを見て、「まあ、大変!」おでこに手をかざし、逆の手を自分のおでこにあてた。
身体が怠い。汗でべとべと、喉がカラカラ頭が痛い。
着替えと蒲団を変えてくれた。お粥と林檎、そして少年ジャンプを持って来てくれた。
「今日は学校休みなさい」と言い、仕事に下へと降りて行った。
少しの時間で随分と身体が軽くなった。母の優しさが病気も治してくれるのだ。病は気から、逆に、気持ちで病は治せる。そう感じたひと時だった。」

教室は静まり返る。みんなの表情は唖然としているのか、言葉に出来ない、表現のしょうがない、凍りつく空気とはこのことだ。
D先生も言葉に出来ない。立ち上がり、「よろしい。三人とも席に戻りなさい」と言い、教壇に向かう。
席に戻り、前に座るN・K君が半分後向きに、「今日は引き分けだ」「エッ!?」「僕は勉強で誰にも負けたことは無い。だから今日の対決は引き分けだ」と小声で言った。
「・・・・。」私は勝ったと、確信した。

これは嘘でした。小学二年生、それも私がこんな作文書けるはずがありません。

「学校を休んだ日   ながさわただお
かぜををひきました。ねつを出しました。学校を休みました。
お母さんが「今日はねつがあるので、学校休みなさい」といいました。
体があせだらけだったので、きがえをしてくれました。ふとんもかえてくれました。
おかゆとリンゴをもってきて、少年ジャンプももってきてくれました。このときはじめて、少年ジャンプをよみました。
おもしろかった。ねつも下がり、体もかるくなりました。・・・・」
(勿論覚えていませんが、だいたいこんな感じだったと思います。いや、もっと酷かったかな?)

この辺りで、まだ途中だったけれどD先生は、「よろしい。席に戻りなさい」と止めました。それは、教室の雰囲気に合わないことでした。
あまりにもN・K君の作文が上手かったために、内容はともかく、私にはどもりも少しあり、聞くに堪えられないと判断したのだと思います。
その時の辛そうな自分の姿は、ハッキリと憶い出します。何だか夢の様に感じます。

若かった母の表情、お粥と林檎の美味しさ、少年ジャンプと言う初めて観る漫画。N・K君の万博の作文内容も本当は覚えていませんが、快活な朗読と沸き上がる教室、そして地味で白けた私の作文。
どうして覚えているのか?トラウマの一つでしょうか?
ただ、この休んだ日は中学生までの九年間で唯一、一日だけの欠席でした。そう言う意味では、価値のある作文だったとも言えます。

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新六郷の青空 N・K君の思い出 2


小学二年生のやはり秋ごろだったと思います。
さすがにこの辺り(八歳)になると、どうしても記憶とは違うことになります。印象に強く残ることもありますが、それ以上に創り記憶とでも言いましょう。私自身、忘れることの出来ない描写画となります。

先生はおばあちゃん、D先生と言いました。それでも今の私よりは若かったと思います。眼鏡を掛けていて、生徒には少しクールに指導していました。
作文を黒板の前で読ます。そんなことも何回かありました。
「明日までの宿題です。自由文で結構です。作文を書いて来て下さい。明日は、N・S君、N・K君、長澤君に発表して頂きます」
勿論、来たかと思いました。あ~あ~、憂鬱でした。N・K君は前回話した通り、クラス一番の秀才です。N・S君も成績上位の上、スポーツ万能でクラスの人気者でした。何で一緒にするのかと言いますと、単純に出席番号順でした。
最後が私、何となく悲惨な結果を想像出来ます。自由作文、題材が決まるまでが勝負です。一週間ほど前に、風邪で学校を休んだことがありました。それを書きます。

当日お昼の陽射しが暖かい、五時間目です。国語の時間で黒板の前に三人が並び、まず、N・S君から読み上げます。D先生は、校庭側の前の方に椅子を移動して座り、「それでは、N・S君どうぞ」と言いました。

「ぼくと野球。   N・S
ぼくはとても野球が好きです。
お兄ちゃんから教わりました。
お兄ちゃんはいつもキャッチャーをしてくれます。
ぼくがピッチャーをして、いっしょうけんめい投げます。
お兄ちゃんは、どんなぼう投でも、受け止てくれます。
さすがの、お兄ちゃんだと思いました。
クラスでは、ぼくが一番うまいので、やっぱし、ピッチャーをしています。
でも、キャッチャーができる人がいません。
お兄ちゃんのように、うまく取れる友だちがいないのです。
だから、おもいっきり投げることができません。
しょうらいは、プロ野球せんしゅになりたいと思います。
森せんしゅのようなキャッチャーなら、お兄ちゃんよりきっとじょうずで、どんなぼう投でも取ってくれると思います。」

さすがのN・S君、みんなから大きな拍手をもらいました。
D先生も、「頑張ってプロ野球選手になって下さい」と褒められました。
そしてN・K君、ゆっくりと中央に歩きます。みんなの視線を一点に集め、D先生も期待感の表情が眼鏡の奥に見られます。
原稿用紙を広げ、教室の緊張感が高まります。二枚あるのが分かります。息を飲む音までも聞こえるほど、静寂さが空気をピーンと引き締めます。少し開いた窓から爽やかな風が吹き抜け、巻いてあるカーテンを揺らします。壁に止まるトンボまでもが緊張している様子です。
そして、朗読が静かに始まりました。

「万国博覧会   N・K
本当は、行く予定はありませんでした。
母から、大阪の美代子おばちゃんがいらっしゃいと言っているので、母と出かけました。二泊三日の予定です。そのうちの一日を、博覧会に当てました。
夏休み期間中とあって、大変に混んでいました。しかし、人の多さは活気そのものを創るのです。期待感が胸の鼓動と共に、僕の心を高揚させます。
ゲートをくぐると、テレビで観た、太陽の塔が静かにたたずんでいました。近づくと本当に大きいことが分かります。
無名の人々という、写真展が飾られています。地球には、いろいろな人々が本当にさまざまな暮らし方をしていることを、自分の眼で実感できます。

フラワーパークの美しさには、感動の一言です。赤色黄色青色、そして緑の本当の美しさは、脇役の美しさをひっそりと感じさせるものです。
アトラクションは大勢の出演者が一糸乱れぬ踊りを、感動と共に進行されます。
芸術とは、繊細な創りの中にも誰もが楽しめる、雰囲気創りが大事だと、心に刻みました。感無量とは、今、僕が経験している、この世界を現実に感じられることだと思いました。

メイン会場の上段に居ます。振り返ると、見たこともない物体がたくさん立ち並びます。どこも行列で、長く並んでいるのが分かります。
古川パピリオン、住友童話館、東芝IHI館、富士グループパビリオン、日立館、エキスポタワー。日本の未来、世界に誇る日本の巧、技術の結晶がここにあります。
本当に素晴らしいことだ!僕も将来、日本の未来に貢献したい。
海外の建物では、ソ連館、カナダ館、スイス館、アメリカ館、奇抜で面白そうだ。日本のためにありがとうと言いたい。
さて、これから僕はどこのパピリオンに並ぶのかな?この眼で観た感動を、今度は皆さんにご紹介したいと思います。」
明朗快活な声と感情豊かな表現が、教室を圧巻しました。
次に読まされる私は、どうすれば良いのでしょう?

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新六郷の青空 N・K君の思い出 1


どこに書いたかは忘れましたが、サロン時代にも、N・K君ことを書いた記憶があります。
小学生六年間(クラス替えは一回のみ)の同級生、それだけしかつながりはありませんでした。確かに、サロン時代のブログでも将棋中心ではありましたが、多方面に内容は広がっていました。それでも個人的な人を対象にした内容は希でした。
それだけN・K君が印象の強い子供だったと言うことです。

出席番号が私の一つ前、私は、ながさわ、です。N・K君は、なOさわ、です。名前は全然違います。苗字一文字しか違いがないけれど、その一文字の違いが大きく、イメージ的には大分違います。
誕生日は、私は五月三十日です。N・K君は、五月二十八日(記憶が正しければ)だったと思います。
出席番号の関係上、前の席に居ることが多いと言う印象があります。
しかしあまり比べられることはありませんでした。それはN・K君は、やや身体が小さく、勉強向きの性格でした。私は、大きめでスポーツ向きの性格でした。他人から見たら、ハッキリと違う子供に見えたと思います。

蕎麦屋である我が家から、百メートルほど多摩川の土手に向かうと、N・K君の家がありました。
父は大工で、一階に土間があり、そこに材木などが並び置かれていました。多分父の仕事場でもあるのでしょう。その奥に六畳間の食卓と台所、二階は十二畳間の広間と六畳間の寝室だったと思います。一戸建てで小さく感じられるかも知れませんが、東京は、江戸時代の長屋住いの流れで、このくらいの家が普通にあったと思います。
長澤家でも、十一坪二階建てで五人住いでした。お風呂が無いところに特徴としてありました。銭湯文化とでも言いましょう。
遊びに行くと、人生ゲームや将棋が定番でした。ここまでは、N・K君は何も変わったところの無い普通の少年です。

私も長い人生、いろいろな才能を見て来ました。確かに何かにつけて、ずば抜けるものがある、人はいます。
子供の頃の才能は神童と言い、大人になると普通の人になります。N・K君は、明らかに神童でした。中学は開成、そして何学部かは分かりませんが、東大に行ったところまでは知っていました。
学歴はただの結果です。それ以上に今考えると、とてつもない才能を秘めていたように感じられました。

大工の倅で小柄な普通の少年が、なぜ、「あれほどの頭脳」を持っていたのか?私の疑問として思い出します。
勿論、親御様の教育が正しかった。少なくても、その教育がN・K君に合っていた、そのように感じます。
遊びに行くと、二階の広間にはピアノがありました。低学年の頃は、習い事はピアノだけだったと思います。高学年になると、塾に行っていたかな?
あれほどの頭脳の正体は、ピアノ?それは単純すぎます。私の家にもオルガンはありました。姉がピアノを習っていて、私も見習えば良かったとは思えません。
N・K君が左脳に特化していたことが、右脳をピアノで鍛えることで才能を開花した?この話は今回のテーマとは違うので深くは掘り下げません。

性格は真っ直ぐで、常に全力でした。スポーツは見た目にも下手で、N・K君の短所でもあります。それでもどんな時でも一生懸命な姿勢は、好感が持てました。
そこには「集中力」と言う一つの、またこれも才能だと思います。
小学生時代は昭和四十年代、まさにテレビ時代とも言えました。良くも悪くも、ほとんどの人が影響された時代だったと思います。
N・K君は、ほとんど観ていなかったと思います。そんな話題は一つも思い出せません。勿論、少年ジャンプを始めとする、漫画の話題も無かったと思います。

銭湯で会うことは日常でした。一つの遊び場でもあるくらいでした。大人なら誇らしいことですが、小学生ではどうだったか?
給食の時間、「N君、大きいね」と私、「何が?」とN・K君、「鼻が」「うん。」・・・・こんなやりとりが何回もありました。私もアホだが、会話に付き合うN・K君もどうだが、遊びの部類とでも思っていたのでしょうか?

集中力とか一生懸命、そんなことが高じると間違った行動にもつながります。
六年生の秋頃だったか?クラスメイトのD君は、同じクラスのUさんのことが好きだった。公表していませんでしたが、みんな知っていたことでもありました。
D君は小柄でしたが気の強いところもあり、中学生の時、自転車で大阪まで行ったことを聞いた記憶がありました。
とてもN・K君が、からかう相手ではありません。
放課後、相合傘でD、U、と三階にある教室から見えるように、校庭の四分の一位の大きさで書いてしまったことがありました。
翌朝、当然のように、D君にぼこぼこに殴られながら謝る姿がありました。
泣き顔は見せませんでした。直進的なところも、長短両方に見られるところだったと思います。

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旅?いえ、地獄です。 蜘蛛の糸? 3


閻魔大魔王は、こんなに乱れた地獄の環境にに呆れ果てて、御釈迦様に御相談致しました。
「長澤を地獄に置いておくのは、他の罪人に悪影響というものです。どうか、御釈迦様の下で修業させねばならないと思います」
「分かりました。さて、どうやってこちらに来させれば、納得行くのじゃろう」
「ここは勿論糸、題名にも蜘蛛の糸と書いてあるではありませんか?」
極楽の蜘蛛も含めて、三人は顔を赤らめました。
「あれね~、あまり気乗りも進まないが、他にたいした作戦も思い浮かばない。やっぱりあれにするか」と御釈迦様は決意し、極楽の蜘蛛に「助けてあげましょう」と言いました。

そしてそして、苦しんでいる振りをしている罪人の頭の上、空から一本の糸が降りて来ました。
!?私は知っていました。
ラッキー!やっと降りて来たかと、心で叫びました。急いで少しでも高い岩崖に登り、何万もの罪人に向い、叫びました。
「みんなーみんなー聞いてくれー、私の話を聞いてくれー」
罪人たちは拷問されることを一時中断して、岩高にいる、長澤に注視しました。何万もの罪人が瞬時シ~ンと静寂が出来ると、
私は、掌を胸の前あたりに広げて、静寂をつくってくれた皆に、感謝の意を示してから話し出します。
「諸君、我々は国家を守るために戦わなければならない。皆の命ひとつひとつ、確かなる心結び合い、明日の地獄のために、立ち上がるのだ!!」
ウォーウォーと大歓声が起こった。演説はテクニックである。いかに民衆の心を掴むのか、それが大事であった。
「今、我々の命が尽きても、未来の我が子、我々の子孫のためにも、今立ち上がる時だ!!」
何万もの罪人、ウォーウォーという歓声が津波のように、地響きのように揺れ動く。暫くして静寂が戻って来ると、
「生きるために土地を守り、人権を得てこそ、初めて未来につながる道が開ける!いざ!我に続きなさい。天国へと、長い旅に出るのだー!!」
また、大歓声が巻き起こった。私は両手を広げ手首を振り、民衆の興奮を抑えました。
「私から上がる。皆も続くがよい。決して、自分だけが助かろうとしては成らない。人を助ける気持ちが、細い糸を繋げる方法なんだ。」
罪人は一人づつ、丁寧に並びながら登って行きました。時間は掛かりました。でも、長澤が言ったとおりに糸は切れることはありません。三カ月掛かりましたが、とうとう天国に上り切りました。

雲の上は、太陽の陽射しを気持ち良く浴びて、暖かな空気をやんわりと頬に感じ、何もしたくなくなるような、軽い気持ちにもさせるところだった。
青く実をなした森の中と、一面鮮やかなお花畑の広がりが、空想の天国そのままだったと、長澤は感じた。
そして続々と、罪人たちも上って来ました。
長澤たちが暫く歩を進めると、お花畑の上、瞬時に虹がそびえ立った。一点の光が射して、朧気の中に人が見えて来た。
御釈迦様です。意を決した表情で御出迎えになりました。
「地獄を変えてしまった。地上の罪人の道標を無くしてしまいました。貴方の悪行を許すことが出来ません」
私は御釈迦様の正面に向き合い。「こうするしか方法が無かったのです。他に選択肢など無かったのです。私も地獄で鍛え上げました。御釈迦様が勝負されるのであれば、戦うしかありません」
と私は両手の拳を上げて、右手を少し前に動かした。そして、
「どんな勝負でも良いです。御釈迦様が決めて下さい。・・・・将棋が希望です」と微笑みを浮かべて、突っこんで行った。
待て!と掌を出し、止めると、
「私の右手のひらから飛び出して見せてくれたら、天界の神の座にすえて上げましょう」御釈迦様も微笑みました。
「・・・・それって、何万光年と飛んで行き、四本の柱の一本に落書きをしたら、御釈迦様の御指だった。もしかしたら西遊記ですか?・・・・私飛べませんよ」
と言うと、御釈迦様は顔を赤らめました。

その赤い顔が段々と遠くなり、丸く陽の光と変わります。すると朝日に変わり陽射しを射しました。一日の始まりです。
少しの眩しさに目を覚ました私は、時計を見ると七時を指しています。しまった!と思い、仕事メールを見ると新木場十時となっていて、まだ余裕があることが確認出来ました。
ホッとすると、枕元に西遊記の書物が見えました。
手に取り、パラパラとめくります。この本、いつ買ったのか記憶にありませんでした。

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旅?いえ、地獄です。 蜘蛛の糸? 2


正気に戻る。真っ暗の中、少しづつ目が慣れて来ると二畳くらいの独房の中である。
胡坐して、うたた寝をしていると、「罪人出ろ」と独房の扉が開いた。眩しい!白くぼやけ瞼を少しづつ開き、見えたものは!?そこには鬼が二人、いや、二匹立っている。
二匹の鬼に連れられて、暗い洞窟をよろよろと歩いて行く。暫くすると、赤く小さな光が見えて来た。その光が段々と大きくなり近づいて来ると、何とも言えない?太く低い唸り声とか高い叫び声が響いて来る。同時に嫌な腐った悪臭も感じて来た。
光を真正面にした時、火山の噴火口のように、どろどろと煮えたぎった赤い血の海を見た。洞窟は岩肌の出口で、火山の大きな窯を見下ろす形になる。見える悪光景は、何万もの罪人が苦しそうに、浮かんでは沈み、熱さでどろどろに焼け溶ける姿であった。
「最後に残す言葉は?」鬼が聞いた。
「トンネルを抜けると、そこは地獄だった」と答えた。鬼は真顔で、「アホか」と言い、背中を押した。私は真っ逆さまに落ちた。
「あ~~あ~~」と落ちた。「観たまま、感じたままの言葉が出ただけだ~~~」と遠くに消えて行く叫び。

川の中、いや、灼熱の血の海に消えた。それからが大変だ。灼熱地獄の次は極寒地獄で凍らせて、それを剣の山に串刺しになり、動けないところを、鬼に皮をはがれるやら舌を抜かれるやら、想像通りの地獄そのままだった。
暗い山崖の中では、何万もの罪人が同じように苦しんでいた。

御釈迦様は、天国のお花畑の池のほとりにある、水面の覆っている蓮の葉の間から、下の様子を御覧になっていました。この天国の蓮の下が水晶のような水を透き徹して、ちょうど地獄の底に当たり、覗き眼鏡を見るようにハッキリと見えます。
するとその地獄の底には、長澤と云う男が一人、他の罪人と一緒に蠢いている姿が、御眼に止まりました。
御釈迦様は、便宜上、蓮の葉の上にいる極楽の蜘蛛に聞きました。
「あの男は、罪人の顔をしていません。阿保面だが、誠実さも感じます。何かの間違えで地獄に落ちたとしか考えられません。罪名は何ですか?」
御供である極楽の蜘蛛は、バインダーの資料を取り出して、
「長澤忠男ですね。少々お待ち下さい。」と言い、「あ、これですね。偉人侮辱罪とあります」
「偉人侮辱罪?そんな罪があったとは、知りませんでした。で、細かく聞かして下さい」と御釈迦様は、柔らかな美しい気持ちで、勿論、便宜上、助けてあげたいと思っています。
「芥川氏の神の存在が御釈迦様とあることに対して、疑問、不満、苦笑、蔑視、見下す、大笑い、の表現に対する罪。あと、裁判官に対する関西弁疑惑、とも書かれています」
「なんじゃと、私が神ではないと、そう言うのか?」御釈迦様の表情は曇り、少し丸い顔を赤らめ、眼を開けて一点を見つめた。極楽の蜘蛛は少し脅え、後ずさりながら、「言った、ではありません。想った、とあります」
「それじゃ仕方も無いですな、助けるのはよしにしましょう」と軽く小石を蹴るお茶目なしぐさを見せて、極楽の蜘蛛を笑わせた。

地獄では来る日も来る日も、血の窯、剣山の山、極寒の海、鬼の拷問と、同じことの繰り返しが続きます。
私はそんな苦しい日々を、無限に続けなければならないのです。無限に苦しい日々を続ける?無限に?・・・・そりゃそうさ、死んでいるのだからどんな目にあわされても、それ以上は無い!だから同じ苦しみを続けるだけだ。
でも不思議なことに、どんなに苦しくても、人の心(この場合、人間では無いのだけれども)には、「慣れ」と言うものがある。
そして同じことの繰り返しであることに、飽きも出てきた。
時間割を作った。
一時間目、剣の山「痛い」二時間目、灼熱の海「熱い」三時間目、鬼に舌を抜かれる「返せ」四時間目、毒蛇に脳みそを吸われる「戻せ」・・・・、結局は明日も同じことを繰り返すのだから、である。
慣れとは怖いものである。地獄の苦しみも徐々にではあるが、普通のことになって行った。

苦しみが普通になると、今度は遊びたくなる。罪人は、拷問を受けることが仕事ではあるが、その仕事を遊びに変えたりもする。
つまり、ゲーム感覚で争うことにした。血の海や火の窯または極寒地獄は我慢大会となり、剣の山では障害物競争などである。罪人同士の戦いもある。鬼との異種格闘技戦なども人気があった。
そしてついに、地獄オリンピックも始まった。
いつの日か、私は何万もの罪人の中から、地獄チャンピオンにまで上り詰めたのである。

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旅?いえ、地獄です。 蜘蛛の糸? 1


明日の仕事は新木場朝七時と時間指定があった。四時半起床五時に家を出る、段取りにする。
夜九時、寝ることにした。
とてつもなく寝苦しい夜だった。なかなか寝られない、フッと書物を開く。
「御釈迦様は極楽の蓮のふちを、独りぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。」と言う一節を見つける。
芥川も馬鹿だなあ。なぜ、御釈迦様が神様になるのだ、と私は想った。御釈迦様自身は神を信じていなかった。それと犍陀多と云う男、蜘蛛を助けたのではない。殺さなかっただけだ、とも想った。血の池、それって痛いの?ただ、気持ち悪いだけじゃん。針の山、肉体が無ければ痛くもかゆくもないよ。など、芥川の矛盾をいくつも想像しながら寝てしまった。
朝、枕元に書物がある。
まだ夜中である。蒲田駅までの道のりは真っ暗の中、意外にも寒くない、いや、暖かいと思えるくらいである。
大井町までは二駅、早い時間は乗客も少ない。みんな寝たような、表情のない、顔がないのか?なぜか電車の蛍光灯が付いていない。まだ空は暗く、でも見える程度なら良いのか?
大井町から、りんんかい線に乗り換えて新木場に行く。大井町からのりんかい線は、地下、遥か深くにある。地上の駅を出て、顔のない人たちとエスカレーターに乗り換えてどんどん下に降りて行く。
りんかい線の改札を通っても、まだエスカレーターがあり、なおも下へと降りて行く。どんどん下へと降りて行く。すると、また改札が出て来た。フッと皆立ち止まり、一列に並ぶ。見たことの無い改札が現れた。
赤い鳥居のある門構え、桜門?立派な随身門の中では、仁王様が切符を切っている。自分は切符を持っているのか?無い!?並んでる人たちは、細長の赤い札を手にしていた。
私の番になり、仁王様の「切符?」の問いに、「ありません」と答える。
「不正乗車。ここから先、行けません」と言われる。電車が入って来るのが見えた。
それに乗ろうと人々が動き出した。随身門に居た自分も後ろから押され、そのまま電車に乗った。新木場に行けると思っていたが、着いた駅は、真っ暗闇の中、また、古ぼけた小さな門構えのある改札だった。
あれ!?ここも通るのか?と周りを見ると、表情のない、いや、顔のない人たちが静かに通っていた。中には見たことのある顔もあった。顔のある人もいたのだ。誰だっけ?え~と、え~と、あさ、あさ、麻原彰晃だ!!と気づき、その時また、どん!と押されて改札を通ってしまった。

裁判である。
閻魔大魔王かと思っていたら、公務員ような、眼鏡を掛けた普通の人が一人、目の前に居る。小さな独房のような部屋に、机一つ挟んで座っていた。
手には、長澤忠男の資料と書かれたバインダーが一冊。何だか粗末な裁判だと思った。それ以上に、なぜ死んだのかも分からない。その上にだ!なぜ、地獄に行かなければならない。
この人も表情がない。死んだらそうなるのか?と思い、作り笑いをしてみた。ニコニコ。
「それでは裁判を始めます。被告、長澤忠男、貴方はなぜここに来た」
「分かりません。裁判ですか?でしたらまだ、有罪だと決まった訳ではないのですね」
「いや、有罪です。これは形式的に行っているだけです。ここに居る時点で、すでに地獄行きです」
「ここに居る・・・・、それが分からないのです。なぜ、ここに居るのかが、・・・・後ろから押されたから入ってしまった!それだけです」
「違います。あの時点ではすでに罪人です。蒲田の電車、いわば護送車ようなものです」
「蒲田の電車?・・・では、私の罪名は何ですか?」
普通の公務員のような裁判官は、資料をめくりながら探す。探す。探す。必死になって探す。
「あの~、もしかして人間違いじゃないのですか?」と聞くと、裁判官は顔を赤くして、なおも必死に探す。
「頼みますから、ここに居ることが間違いだったら、もう一度地上に戻して下さい」
「それが出来ないのです。・・・・仕方ありませんから、これを罪名にします」
「!?仕方ないって?軽率な裁判だよ」
「偉人侮辱罪」
「・・・・?」
「あなたは先ほど、御釈迦様と芥川氏を馬鹿にしませんでしたか?」
「!?・・・・してませんよ!それにそんなことで地獄に落とされたんじゃ、何も考える、想像する事なんか出来ないじゃ~あーりませんか?」
といくら言い訳を言っても駄目だった。そして裁判官の眼鏡が光って、
「関西風のギャグですか?・・・・有罪と判決致します」

物凄く悲しくなった。こんな不条理な世の中、いや、天国?地獄?それとも中間の、今居るところなんかあるものか!騒いでも暴れてもわめいても、どこに居るのだろう私、と思い、疲れ果てて寝てしまった。

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いまどきの56歳


#都合により、昨年暮れに書いたブログを今頃アップしています。

十二月二十四日、午後
お昼ごろ、Iからの挨拶文がライン(同級生グループ)に入っていた。
私は特に用も無かったので、普通に仕事して家に帰り、夕方五時頃から伝票整理を始めていた。
そしたらいきなりカンコンカンコンと鳴りだした。スマホのライン音(グループ13人の誰かがアップすると鳴る)である。
始まりは、唯一の女性であるYさん。
「メリークリスマス(クリスマスツリーのスタンプ)みなさん、素敵なイブをお過ごしでしょうか下さい(雪だるまのスタンプ)そして、良いお年を迎え下さいね」(ニコマークのスタンプ)

クリスマスツリーの写真(品プリだそうです)
訂正
お過ごし下さい
です
(謝ったスタンプと汗のスタンプ二つ)
これを皮切りに、メリークリスマスの連発からたわいない話で、カンコンカンコンと鳴り出した。
クリスマスなど何も縁などありゃしない。と思うが、何だか楽しそうだなあ。いつもそうなんだけど、自分が話の中に入ると本当に暗くて、皆から、し~~んとした雰囲気を感じてしまう。浮いてしまうから、楽しい会話の時は観ている方が無難だ。

「W、家の中もクリスマス?我が家のリビング、昨日からの片付けが終わらなくて、ひどい状況。クリスマスらしき物体は何もないし」(苦笑いのスタンプ)
Iくんのコメントは、どれほど家族愛に満ちているのか、そんな表現に感じる。私の背中越しにあるサッシ、寂しくピュウピュウと隙間風。やることが無いと、飲むかブログを書くかしかありません。でも、ほとんど飲む方が多い私。

「クィーンのボヘミアンラプソディを聞いてますが何度聞いてもジーンと来ますね。」はMさん「クィーン、いいね」とYさん「泣けますね。」Mさん「泣きはしないけどね」Yさん。それは落ちかい、と思う私。
「クィーンのボヘミアンてそんなに良い曲なんですか?私も音楽結構聴きましたが、初めて聞いたので後で聴いてみます」(笑顔のスタンプ)はW
知らないんかい。映画もヒットしているし、だからMさんはクイーンを出したのだ。高校の頃、Wの家でOと三人で、ドアーズのLight My Fireを聴いたことあるが、いまさらな感じ。
「名曲です」はMさん
「クイーンの、ベストアルバム何年か前に買ったよ」はYさん「M君、ベストアルバムの最後に入っている、これだよね?知ってる」とYさん
歌詞カードの写真を載せる、Yさん。「そうです」Mさん

クィーンかあと、想いに耽る私。
中学二年の頃、野球部の先輩が、名前は忘れたなあ。やはりオペラ座の夜(ボヘミアンラプソディのあるアルバム)を紹介してくれた。その頃はビートルズしか聴かなかったので、興味が無かった。
女の子たちには、ベイシティ・ローラーズが結構人気があった。テレビ番組のぎんざNOW!が発信源である。
三年になると、ビートルズも聴き過ぎて飽きが来ると、初めて他のアーティストのLPを買った。それがクイーンの華麗なるレースだった。やはりぎんざNOW!で、愛にすべてを、ビデオを観てのことだった。
春先だったと思う。夕方、LPを聴くと、愛にすべてをだけは馴染みがあるので良いが、他の曲があまりにも暗く感じて、少しがっかりした憶い出がある。
ビートルズにも、後半は暗い曲はたくさんある。でも暗くても、芸術性があることなのか分からないが、いや、クイーンだって芸術性は当然高い。感じる気持ちの違いだろうか?
答えではないのだが、A面の最後にユー・アンド・アイと言う曲がある。何となくビートルズ的なところが、安心感をもらった気分がした。
最近は映画も観ないし、クィーンの曲は好きだが、フレディ・マーキュリーはあまり好きではない。映画を観たところで印象が変わるのも、良いことなのかも分からない。

映画クイーンのボヘミアン・ラプソディ、直ぐにレディ・ガガ「アリー/スター誕生」やホイットニー~オール・ウエイズ・ラブ・ユーなど続いた。
二月には、ジャネット・ジャクソンも来日するらしい、本当に懐かしい名前ばかりだ。

私たち世代のクリスマス、そういう楽しみ方を知っただけでも良いことだと思う。別に自分が孤独なことに悲観などしていない。自業自得というものである。
死ぬときは誰でも一人である。それを少しばかり早く、ひとりになったにすぎません。

何となくこの歳になると、楽しさを求める気力も伏せるのか、どうでも良いと考えるのか?深層心理のことなのか?分かりません。
でも、生きる気力はあるようです。ブログにしても仕事にしても、それなりにこなしています。
何のために生きているのか?明日のためか、いや今を、今やることをしっかりやるだけです。

#この後、正月も仕事する人少ないので、(企業自体は年中無休、でもコンビニやファミレスじゃないよ)出てくれと頼まれている。まさか今回と同じようなこと書かないだろうなと、思ったりもする。
根は明るい人間なのだ。

#次回は長澤が地獄に落ちる話。童話でありますが、ギャグは面白いと思う人と、くだらないと思う人がいて難しくも感じています。

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旅?いえ、遊びです。 明から暗へ


一泊の予定で熱海に行くところです。天然温泉と美味しいお刺身を食べに行きます。
半年に一度くらいは、電車では無くレンタカーで遠出するのも、気分を変える意味で良いことだと思います。
車選びも楽しみの一つ。
近場ならビィッツのような小型車でも足りるけど、少々遠出になると、プリウスあたりが気分良く、乗り心地は大切です。逆にクラウンとかセルシオのような高級車は、重いと感じるし、レンタカーでも敷居は高い。
プリウスのような車を買えれば買うのだが、若者の様に、それだけ、とはいかない。結局はレンタカーどまりが、私レベルとなるのだろう。悲しいことです。
天気の良い国道一号線、広い車内、深めのソファーに角度の良いハンドル、クラッチのDは坂道に強い。ノーマルとの違いはここにある。
フロント越しには移り変わる街並みの景色、青い色合いの中に薄く白さが交じり、オレンジ色の陽射しが朝の爽やかな、ハッキリした視界を創り上げる。
時速は20キロオーバーあたりか?周りの車に合わせる。FMはJ-WAVE、渡辺祐の教養ある話術が和ませる。
気分は最高!!乗り心地も最高!!目的地への期待感!!ドライブの楽しさが全てここにあると言うものだ。

暫くすると、広い三車線だが車が減速し始めた。ラジオを聞きながらのろのろと動く中を待っているのだが、かなり大きな渋滞に入ったみたいだ。
30分経つ。どうしたものか、道を変えるか?とも考える。のろのろは続くが、止まっている訳ではない。このままで良いと思うと、警察官の姿が見えた。先の方に消防車が三車線の中央に停まっている。
事故かいな?と思い、しょうもない奴もいるものだ。
右の奥に大型トラックが消防車の斜め先に停まっている。三車線を左の一車線だけ通れるように、一人の警察官が誘導している。中央と右の車線にいた車は、皆左へとウインカーを出して、左車線へと移動して行く。
私も中央から左へと入って進む。大型トラックは20tほど、パネルの大きさが目に眩しい。トラックの隣り、中央車線に救急車が見えた。電飾も点けずに、ただ止まっていた。
数人の警察官が見える、・・・・バイクが倒れている!・・・・人が大の字に!?チラッと見えたが、直ぐに目を前に逸らした。
頭の方に赤色が、・・・・瞼に焼き付いた。

通り過ぎると、皆逃げるようにスピードを出して走って行く。私も放心状態の中、先を急ぐ。ラジオがうるさく、スイッチを消した。
今の状況が頭の中で、いろいろ想像されて行く。
大型トラックとバイクの運転手は、当然加害者と被害者。救急車が電飾も点けづ、サイレンも鳴らさないで、ただ止まっていた。それなのに被害者は助けもされず、ただ、大の字に倒れていた。
そこまでは、自分の見た状況である。もしかしたら見間違いや、想い違いもあるかも知れない。
あきらかな死亡事故の場合、救急車の対応はどうなるのだろう?今の場合は、別の警察車両を待っていた、と想像する。
生きていたならば、最低でも救急車の中に運ぶだろう。こんな寒い中、救急隊員がほおっておく訳がない。
「あ~あ、車は殺人凶器か?」
加害者の運転手だって、今朝起きたときの世界と事故を起こした今、見えている世界は全然違うだろうなあ。勿論被害者は、もっと違う。
事故の状況は分からない。加害者に落ち度は無かったとしても、どうすることも出来ない。
「結果は過程を超越する」それが今の交通法規である。

あ~、駄目だ。心がすさんだ。行くのやめるか?旅館のキャンセル料100%だろうなあ、レンタカー料金もあるし、こんな気持ちでドライブになるのかなあ。
さっきの中央に停まっていた消防車は目隠しだったようだ。
職務である警察官は、何を感じているのだろう。似たようなことは毎日あるのだから、それほど心が動くことも無いと思うのだが、それはそれで仕事とはいえ、辛いことだと思う。
見学者である私たちは、明日のわが身にならないように気を付けるだけ、と言うものの、事故だけではない。病気や災害だってどうすることも出来ない。
「心配事の九割は起こらない」と言うが、それは思いもよらないことの方が、はるかに多いことを示している。
事件、災害、病気、そして事故。考えている時は慎重にもなるし、そう言ったことは突然起こるものだ。私くらいの歳になれば、いくつか経験するものだ。

あ~あ~、行くのやめるか?運転が怖い。行って楽しめるか?やめるとキャンセル料、気分の問題でもあるが、そこが一番大事だ。
独りだからこそこういう時に、心が悪い方悪い方と、一方通行みたいになってしまう。孤独の最大の欠点とも思える。

青空も感じられない、風景も感じられない、ラジオは付いていない、車からも降りたい。
温泉には行きたいし新鮮なお刺身は食べたい。
行くか帰るか?行くか帰るか?行くか帰るか?リスクの重圧に潰されそうだ。電車なら良かったと言うと、ドライブにはならない。
最高の一日にしたいと思っていたが、最悪の一日になってしまった。

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長澤忠男

Author:長澤忠男
人は「私はこういう人間だ」と自分で考えるその通りのものになります。
それと異なったものになることはない。

御釈迦様の御言葉より

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