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旅?いえ、仕事です。 その17 富士山と写メとライン


仕事の途中、絶景の富士山スポットがあった。
畑の中から広がり、農道の真っ直ぐ先に木々が並び立ち、奥に何か建物がある。それも景色に違和感が無い。空は全く青く、少しづつ下がるにしたがって、白い明るさが出来上がっている。
そして雲が気持ちよく流れ、冬山の王者、富士山がそびえ立つ。手前の低い山々は、雛壇の五人囃子にも見える。
農道から真っ直ぐの位置にある富士山が、「画」になる。写メであった。
写メでは富士山が小さく見えるが、現実は本当に雄大だった。

この後、三島に行って一つ仕事終えて、御殿場に戻って来た。
御殿場からの電車は、やはり富士山に行ったのか、行楽客でいっぱいだった。と言うよりも、この時間は一時間に一本だし、三両しかない。満員にもなる。
夕方、暗くなるのも早い。電車は、ジーゼル音の高く重い響きを唸らせながら、山の中をのんびりと走り出した。
いっぱいの車内、疲れ切っていて立っているのも辛い。早い話が雑色までの帰りが遠く、うんざり。読書はちょっと面倒だ。
そうだ!!さっきの写メ、富士山送ってみよう。
私のような孤独な人間でも、グループラインの一つぐらいはある。
しかし初心者なもので、写メを送るのが初めてである。それにスマホの文章が、どうもパソコンと勝手が違うのである。一番は、文章を直して観る、ことがやりずらさと言ったら、何だか文章が滑ると表現したらいいのか、失敗しそうで困る。
短文でも、何かおかしくなるように感じてしまう。

まず、写真を決める。そして文章を書く。いや、文章を書く、写真を載せる。
電車は揺れる、やりずらい。
「旅?いえ、仕事です。のひとコマです。
御殿場で撮りました。
富士山パワーで、皆様に、御利益がありますように。」
こんな感じで良いか?写真はどこだ?あった。車内が混んでいて暑いし、揺れが邪魔だ!なんか文字が滑る。
あれ!?文章が無くなった。送るのか、いや、文章を探す。どこだどこだ。写真の中に文字を入れる操作がある。こんな綺麗な画に文字など入れられないよ。送れば良い、飛ばせ!
確認、あれ?文字が無い。写真だけが飛んだ!誰かが返信したらおかしなことになる。言い訳を考えるか?その前の文字は、どこだどこだ。あ、あった。送信、飛べ!
確認、良かった、写真に続いていた。あれ!?
「旅?いえ、仕事です。のひとコマです。

御殿場で撮りました。
富士山パワーで、皆様にご、利益がありますように。
                                

                                」
改行していないのに空白が、下にも大きく、・・・・あ~あ~、読点がずれている。致命的だ~。御利益の御もひらがなに、どうしてだろう。暑い。とにかく言い訳を書こう。
(誰も気にしていないのに、ひとり焦る長澤だった。)
「文章がおかしくなった?」
「大丈夫です」
返信?Mさんだ。これに乗じてギャクを入れる。
「どもりました。」
「気にしなくて大丈夫です。」
Mさん、なんか真面目。でも、何となく一連の流れは出来ているようだ。
なんかホッとした。そうか、写真と文字は二回送るのかあ、と何となく納得した。
その後、「きれいだなあ」とW。
「ありがとう」と返す。
「やりますなー」
「なかなかの写真ですね」とTちゃん。
「あ!Tちゃん、ありがとう。」と返す。
短時間でメンバー12人、皆観てくれたようだ。
何だか仕事より疲れた。慣れないことは頭を使うこと、だから良い。

そして国府津駅に着いた。外は暗くて何も見えない。駅の蛍光灯だけが強く輝き、暗闇を、我がもの顔で独占していた。

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旅?いえ、仕事です。 その16 御殿場駅


午後五時仕事メールが来た。明日の朝九時、御殿場とある。
実は九時と言っても、それはだいたいのことである。さすがに十時を越えると、少しまずい。
仕事は早く終わらせたい。私の場合、結構時間前に行き、前倒しで次に行きたい性質である。それでも前日が、雑色駅始発(朝、下り電車は少ない)だったので、どのくらいにしようか迷ってしまう。
御殿場自体は、以前どこかでサロンブログに書いたことがある。その時、御殿場線の移動が大変だったことを思い出した。電車の本数が思った以上に無く、なかなか来なかった。
何も考えずに早く出れば良いと考えてしまうと、例えば、国府津駅(読める?)あたりで一時間近く待たされることもあり、かなり無駄な時間を作ってしまう。
ヤフー路線情報で調べてみると、横浜からの高速バスもありそうな、しかし私はまだ高速バスの経験が無いので、やはりJRを使うことが無難である。
国府津駅からの御殿場線時刻表を開く。七時四十七分三島行き、これに乗ることを中心に考え、横浜駅で上野東京ライン・小田原行き六時三十六分、雑色駅は六時六分の下りに決めれば、五時二十分の起床となる。
結構この仕事、朝のつまづきが一日を決めてしまう。初め良ければすべて良し?・・・・あれ?違ったかな?

凍える寒さ、手先にしびれる感覚を感じ、頬が痛い。すっかり冬だと思う。まだ真っ暗な中、家を出る。それでも冬至まで少しあると思うと、うんざりする。春を想う気持ちはまだ、悪手である。
京急電車の中は少ない乗客、みんな半分寝たように、起きている。時より聞こえる咳の音が気持ちを沈ませる。一つの咳で何万の雑菌が広がると思うと、である。
少し目線を上げると、真っ暗な空から水平線の青い光が通り、白い明るさを感じると朝日の眩しさが広がり始める。
一日の始まりに感謝出来るようになったのも、ほんの数年前、私の五十年は価値の無い生き方だったと反省する。

朝七時半、国府津駅で少しの待ち時間。海と山間の駅だ。雲一つ無く、なんとも気持ちの良い景色。遠くの山々は青空をバックに、ハッキリと映る。なんだか舞台のように後ろに人形(パネルを支える盾)でもある様だ。そこかしこに鮮やかな紅葉が広がる。
少し構内を歩いてみる。
JRのポスターかな?大人になったらしたいこと、大人の休日倶楽部。
吉永小百合、・・・・自分達より少し前の世代だが、今でも現役の女優ですな。
「もしも、ここに生まれていたら、そんな思いを馳せるのも旅の楽しみです。」うん、うん。まあまあですな、さすがプロのキャチコピーと言ったところです。
最近私自身、目線と言うか、見えるところが変わって来たようだ。

そして御殿場駅に着いたところに、富士山が大きく見えた。何とも言えない感動、写メで撮りたいが建物がじゃますぎる。少し良いアングルが出て来るまで待とう。
ブログの中にも、児童劇と富士山と青春!後輩である、長岡君の手記もなかなかのものだ。暇があったら読んでもらいたい。

仕事前に腹ごしらえと、駅の周りに何かあるだろう。以前はマックに入ったが、立ち食い蕎麦屋が見える。
朝は炭水化物でも良いと思っている、最近蕎麦は食べてないし、結構地方色の出る食べ物である。間違いないと思い入る。
立って食べるL字カウンターに四人くらいと、四角い四人掛けテーブル一つ、五、六人でいっぱいになるような小さなお店だ。厨房には、小さなおばちゃんひとり。
お客は一人、メニューは少なめ、天玉蕎麦が無いので天ぷら蕎麦にする。すると、後から入って来たお客が、なになにを注文して、「稲荷一つと生卵」と比較的若い声がした。振り向かなかったので分からないが、おばちゃんはいつも通りの雰囲気があった。多分常連さんだと思った。
「天婦羅、揚げますので少し時間を下さい」とおばちゃん、私はセルフの水を足しながら頷いた。それは後のお客から出しますよ、の言い回しだと、気づいた。店内を見回すと、天婦羅揚げますので二分掛かります。と書いてある。
おばちゃんが天婦羅を救い、蕎麦の上に乗せたタイミングで、「卵もお願いします」と私は言った。(天玉が無くて卵は別売り、少し東京と感じが違う)
若いあんちゃん風の二人が入って来た。
カウンターに上がった蕎麦を食べる。確かに揚げたての「あッ」意味が分かる。立ち食いは焦るところでは無い。蕎麦も東京との違いがあるようだ。
感心しながら大きな天婦羅を食べていると、後ろから、「御馳走様」と大きな声が聞こえた。食器を返却口に戻し、出て行く後姿を覗いたら、白髪で作業着姿だった。もしかしたら自分より年上?若い声が印象的だった。
若いあんちゃん風の二人は、なぜか狭いテーブル席に並んで座っていた。私は変な二人だと思い、黙って、返却口に戻して出て行った。後ろから「有り難うございました」とおばちゃんの声が聞こえた。
これだけでは東京の立ち食い蕎麦屋と何も変わらないが、でも違う。
何かのんびりとした空気感があった。
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新六郷の青空 島田兄弟 3


兄は化粧品店の前から、なぜか動けなかった。弟は堅い顔して、寒さで少し赤くなっていた。
ウインドのポスターの隙間から、少女ともう一人女性の姿が見えた。兄は今、綺麗だと言う、意味を初めて知った。
中では、「島田君だよ。同じクラスの子、真面目だね。でもあまり話したことないから分からない」少女がスキップするような動きで、母に言った。
「なぜ、いつまでお店の前に居るんでしょう?弟かしら?」と母はウインドウのガラス越し、チラッと外を見た。
「分からない」
「寒いでしょう。お菓子あるから中に入れてあげなさい」
「分かった」と言い、少女は開き扉を開けると、兄弟は「?」と思った。
「お菓子食べなさいって、ママが呼んでるよ」
弟が歩き出すと兄は一瞬手を引いた、弟は兄の顔を睨み泣きそうになる。
「早くしてよ、寒いんだから」少女が急かすと、弟が兄の手を払い入ってしまったので、兄も入って行った。
化粧品店の中は暖かく、香りの強い匂いと綺麗に陳列された店内、何か違う世界に感じられた。

母は二人を見ると、少し古く汗臭い洋服、弟の赤い顔に鼻水が乾き固まっている。兄弟の姿に、育ちを感じた。それでも兄の少年としての真面目さは、姿勢に感じとれた。
お店の中ほどに丸いテーブルがあり、いろいろなお菓子やおせんべいがたくさん入ったトレイがいくつか有った。弟の目線はそちらにあった。
「島田君は、カメラが好きなの?」とカメラのカタログを見て、母が聞いた。
兄はカタログを握り締め、答えられなかった。「外のポスターと同じだ。平野のお母さんは、ポスターと同じ人の様に見える」と思い、目をそらして顔が赤くなった。
少女は弟に食べていいよと、そんな目線をしたので、弟は小さなチョコの包みを一つづ開き、食べ始めた。兄も少しづつ食べ始めた。熱いお茶も貰った。
暫く時間が経ち、兄は買い物のことを思い出した。そして化粧品店を出た。出る際に、母がハンカチでお菓子を包み、兄に手渡した。兄の手は震え、触れてしまった時にドキッとした。
二人はキッチリ姿勢正しく、「有り難うございました」と頭を直角に下げた。

まだ午前中ではあるが、暖かいお店の中に居たせいか、外の寒さがやけに心を突き刺す。砂埃が舞い上がるバス通り、自動車の煙が立ち込める中、とぼとぼと陽射しのある道を選んで歩く。
弟は兄の手を握り、車の往来に少し緊張しているが、お菓子の贅沢で少し穏やかな表情になっている。
兄の心には罪悪感があった。もし、いや、買うつもりは無かった。何かの衝動で買ってしまったら、どうしよう。弟のジャンバーだって買えない。また今年も自分のお下がりでは可哀想だし、お母さんだって怒るだろう。
でも買わなかった現実もあり、ホッとする一面と、買おうとしていた自分が、何か過去の悪い感情のように思えている。なぜだが分からない。

蒲田のデパートでは、弟のジャンバーだけを買った。自分は今年の冬は大丈夫だし、兄としての信頼の方が大切だと感じた。
それは弟にではなく、母に対する表現だった。カメラを買ってしまったら、の真逆の考え方であった。自分は、もともと信頼ある兄である。それが信頼ない兄として見られたら、きっと悪い方に向かうきっかけになるだろう。
勿論、言葉の表現を兄は知るはずがない。気持ちとして、感情がそうさせたのである。
人間は、ちょっとした出来事で大きく変わることがある。これも神様のお考えの下にあるのだから仕方がない。

デパートの中は暖かく、少しいろいろ観て周り、遊んでから家路に向かった。
夕方になると陽射しの色が朝より濃いが、寒さは逆に強くなった。またとぼとぼと来た道を歩く。行きとの違いは、弟のジャンバーとその手提げ袋にカメラのカタログ、そして兄のポケットにはお菓子の包みがあった。
弟も疲れ切っているが、何か楽しい一日に満足していて、後、家までの辛抱だと気力を張っていた。
雑色商店街の交差点まで来ると、夕方の買い物客で混雑していた。すると少女が自転車で、すーと通り過ぎるのが見えた。
弟が「お姉ちゃんだ!」と叫んだ。兄も確認したが、少女は気づかなかった。兄は対角線の方向に、母の姿を見つけた。そして近づいて行き、三人は合流した。

「どうしたの?こんなに時間が掛かると心配するよ」と母が強く言うと、弟は張っていた気が緩んだのか、いきなり泣き出して暴れた、そして母に甘えた。
路地に入ると三人は並んで歩いた。三人の投影が伸びる中、弟は母の手を強く握りしめ離さない。
「今日は弟のジャンバーだけ買ったよ。お釣りが大分あるから別で使えばいいよ」
「助かるわ、お兄ちゃんはいいの?」と母は、釣銭を受け取る。
「この冬は、今までのジャンバーで大丈夫だよ」兄は、お母さんは平野のお母さんと大分違うことを感じた。これが俺たち兄弟の母なんだ。何かたくましさを感じ、助けなければならない気持ちになった。
「お兄ちゃんは立派だよ」母が微笑んだ、兄はホッとして笑顔を見せた。

家に帰り、また泣き出して暴れる弟に、兄はカメラのカタログとお菓子の包みをあげた。そして包みに使っていたハンカチを手に取り、広げると、少しばかりの女(香水)の香りがした。
ハンカチを綺麗にたたみ、そっと、自分の引き出しの中にしまった。

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新六郷の青空 島田兄弟 2


島田君は電車が好きだった。
私は興味なかったので、そのあたりのことはあまり知らなかった。良く教室で、図書室から機関車や電車の写真集みたいなやつを、他の友達と観ていた光景を憶い出す。
ある時、「カメラが欲しい」と言っていた。それは電車を撮りたい、ことだと直ぐに分かった。いろいろな電車を撮って収集したい。なんとなく彼らしい、と思った。
しかし、当時小学生の島田君がカメラを手に入れることは、私がステレオを買うのと同じくらい大変なことだと思った。
それから何回か、「カメラが欲しい」と耳に残る言葉を聞いた。

季節も十一月の終わりが近づくと、枯葉と共に冷たい空気が肌を覆う。夜、11時を回る。空っ風が木々を揺らすさざめき、闇の中から聞こえて来る。
四季は何のためにあるのか?それは次の季節の準備のためにある。この時代、それ以上に島田家では、日々を乗り越える生活でいっぱいだった。
裸電球一つ、子供たちは川の字で寝ている。その横で、お膳一つ挟んで、父母は何か相談していた。母は急須に熱い湯をやかんから注ぎ、それを二つの湯呑にまた注いだ。
「暮れのボーナス、半分は前借出来る。今年は何に使う?」と島田君のお父さんが言った。
「そろそろカラーテレビのために、蓄えたらどうかしら?」と母は微笑んだ。
「一応冷蔵庫と洗濯機そして電話は済んだから、カラーに変える準備が次だな・・・・子供たちの冬支度は?」
「それもあるわ。ここ数年、次男は長男のお下がりばっかり、今年は買ってあげたい。長男も大きくなるのが早くて、買わないと、それに長女にもそろそろ洋服は必要よ」
「私たちは今年は大丈夫そうだから、そうするか」
暗い部屋の中、父母はお茶をすすり、子供たちの寝顔を見ながらそんな会話をしていた。
悲壮感は何もない。だって、そう言う時代に生きているのだから・・・・。

ある日曜日の朝、母は長男に、蒲田のデパートに買い物に行かせた。
自分の好きなジャンバーを買うように言った。それを見ていた弟が、「僕も新しいジャンバーが欲しい」と泣きながら懇願した。
「分かっているよ、だから二人で行きなさい。お兄ちゃんの言うことしっかり聞くんだよ」と、母は次男の頭を撫でた。長男にお金を渡し、二人は家を出た。
私の知る島田君、兄弟想いのしっかりもの。それは母も同じだった。
島田家は仲六郷三丁目にあった。蒲田駅上にあるデパートに行くには、雑色のバス通りを真っ直ぐに行くことになる。距離にして二キロくらいか、島田君は問題ないが、弟は園児で結構な距離ではある。
少し寒い朝ではあるが、心地良い陽射しもある、ある意味良い散歩と言える。バス通りに出ると、ずーと先まで何かしらのお店が並ぶ、この活気、商店街が時代を創って来た象徴のように感じる。それが街の若さのようにも思えた。
弟は兄の手を離さない。顔は真っ直ぐ前を見たまま、人混みに入っていくと、兄の手を握る力が強くなる。母から兄へ、成長への段階である。蒲田への距離、兄との買い物は初めてだった。

兄は商店街の中、蒲田へと行く道とは反対の路地に入る。暫く歩き、そして一軒のお店、ウインドガラスの前で止まった。ウインドに飾られてある品物とは、カメラであった。
カメラ屋の前で、いろいろなカメラをジッと眺めている。ポケットにはお金がある。弟には状況が分からなかった。ただ、兄の手を握り、立っていた。
暫くすると、中からお店の人が出て来て、「君にはまだ無理だろう、カメラ高いぞ」五十歳ぐらいのおじさんが笑った。兄は何も言わなかった。
商店の周りも混雑しており、人の流れもある。弟の気持ちは迷子にならないことである。おじさんは他の客に呼ばれ、中に入って行った。
兄は薄い香り、良い匂いを感じた。
隣を見ると、化粧品を売るお店があった。兄も自分には関係ないお店であることは分かっていた。大きなウインドには、テレビで観る綺麗な芸能人、宣伝用ポスターが何枚も飾られてあった。
島田家のテレビは14型の白黒テレビだった。ポスターはカラーで大きい。そして化粧品店から漂う花の香り。
「この歌手、こんなに綺麗な人だったんだ・・・・。」兄は一人想った。後から、カメラ店のおじさんが、「君にこれあげるよ」とカメラのカタログを差し出した。
兄はビックリして振り返り、カタログを手にして小間カタログを凝視した。ハッとして、「有り難うございました」と姿勢正しく直角に頭を下げた。おじさんは手を小さく振り、笑顔でお店に戻った。

「島田君?」化粧品店の開き扉から顔を少し出し、少女が聞いた。それはクラスメイトの平野(仮名)だった。
「あれ!?なぜここに居るの?」兄は聞いた。「自分の家に居たらいけないの?あなたこそお店の前でどうしたの?」
「違うよ。カメラだよ」
「ふ~ん、そう」と興味なく、中に消えた。

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新六郷の青空 島田兄弟 1


島田兄弟、仮名である。
あれは小学五年生頃だったか?もう四十数年も前の話になる。
私はずーと六郷にいたわけではないが、今は生まれたこの土地に住んでいる。
五年生の時、遊びは野球中心だった。でも、いろいろな遊びがあった。ある時、ひょこり流行り出しそして消えて行く、そんな遊びがある。
めんこもその一つとしてあった。
今でもあるが、西六郷に白山神社がある。当時は小さな公園と境内が続きになっていて、小学生の遊び場としては恰好の広さであった。
十人くらいの子供たちが軟球のテニスボールで、野球を楽しんでいる姿が日常の景色だった。
その奥に神殿があり、大きな神殿の土台に高さ1、2m位で奥行2m位の石段が、神殿をぐるりと一周していた。
そこも子供たちの遊び場としてある。別に開放していたわけではないが、そんな場所でもあった。
めんこが流行り出すと、石段の上がゲーム場となり、いつも十数人の小学生が集まり、対戦していた。
石段の上は本当に綺麗で、裸足で歩いても痛くないほど澄み切った土台で出来ていた。そんなところが、めんこに良く合っていたと言える。

ただ、めんこと言うと対戦相手と一回づつ叩き合って、相手のめんこをひっくり返す。だけではない。
それは「叩き」と言って、一つの対戦方法にすぎない。ここで流行っていたのは、「挑戦」と言う、少しルールの難しい競技であった。
めんこには、わるめん、ちゅうめん、いいめん、と三種類に分かれていた。
わるめんは、どこでも売っている(と言っても、駄菓子屋のことだが)十円で十枚の束になっていた。絵柄が当時人気のあった仮面ライダーとかウルトラマンなどの、誰でも手に入れられるめんこのことだった。
ちゅうめんは、わるめんと同じ大きさだが、絵柄がその時代より少し前の、スーパージェッターとかまぼろし探偵のように、小学生が手に入れるには、少し手間の掛かる(私は最後まで分からなかった)めんこであった。
いいめんは、わるめんより二回りほど大きく、絵柄が江戸時代の武将のようなものだったか?明らかに貴重なめんこと言えた。

挑戦のルールは、お互いのめんこを何枚か出し合い(ほとんどがわるめんで、十枚くらいが基本か?)それを、お互いの大面で一回づつ叩き合い(大面をわるめんにぶつける)わるめんがどこかで裏になっためんこが他のめんこに触っていれば、そこから大面で、裏のめんこを引き離すと勝負が決まる。または、わるめん同士が単独で表裏状態で、他のめんこに触ってなければ勝ち。確か、この二通りの勝ち方があったと記憶する。
勝った方が、出し合ったわるめんの総取りとなる。これが大きな勝負になると、わるめん百枚とか、ちゅうめんやいいめんの戦いも、たまに見かけることがある。
勝負が決まると勝った方は、「いっちょん」と大きな声で、ガッツポーズを取るのが気持ち良い。
小学生の割には、レベルの高いギャンブルとも言えた。
そんな感じで、神殿の周り石段の上ではいつも、子供たちの活気で溢れていた。

島田君は良く弟を連れて来ていたが、いつも小さな勝負しかしなかった。私もそうだが、めんこはどちらかと言えば負け組だったように思う。
勉強は中の上くらいか、野球はしなかった。おとなしい感じで物静かだった。将棋を指した記憶もある。当時は良い勝負だった。
私との接点もあまりないように思うが、何度かお互いの家で遊んだ記憶はある。
小学生は、まだそれほど仲良くなくても、なんとなく遊んだりもする。「照れ?」そう言うのか?中学生になると他人との距離感が人それぞれ違ってくる。それが親近感とでも言うのだろう。

まだ昭和も四十年代だと、誰もが貧乏とでも言えるのか、ここ六郷は、下町で商工業と活発な街であった。
だからではないのだろうが、貧乏に対して、さほど抵抗感もなかったと思う。それでも蕎麦屋である私の家では、食べることに対して何も苦労がなかった。親に感謝である。
小さなアパート住まいの友達はたくさんいた。その中でも昭和二十年代からありそうな、平屋で長屋のアパートは珍しかった。少し広く見えたので、たぶん八畳一間に二間の台所、トイレは共同だったと思う。
島田君は三人兄弟で、弟が園児でその下に女の子がいたと思う。
私が遊びに行った夕方、帰り、島田君のお父さんが帰って来た。
「今日は、お土産があるぞ」と言って、三人にガムを一つづつ手渡した。そしたら子供たちはもの凄く喜んで、家の中がパニックになってしまった。帰りの道中、私は「ガムがそれほどの物なのか?」と思った記憶がある。

当時の街並みは今よりも緑の光景、茶色い畑も多く、季節感の匂いが強い。木造よりもモルタルの印象が強くあり、鉄筋の造りは大きな施設だけだった。
小さな工場商店、二階建てまでの家々からは、人の声や機械の振動またはテレビの雑音、街の活気が体感として聞こえて来る。動物の鳴き声がまだ元気よく、時代が自然との共存を許していたのか?
今は何か立体で頑丈な、堅く感じ、古くなるものは見放され、放置されるか消えて行く。
街もそうだが人間も変わり行く。古くなるものは見放され、放置されるか消えて行く。


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旅?いえ、仕事です。 その15 地方の車内は東京と違います。


なんだか、あまりにも天気が良すぎて眠たくなる。
12時10分前、お昼かあ、次の飯能行きは12時8分、駅ホームには誰もいない。秩父駅、ホームの中ほどのベンチで紅葉眺めるのも、乙である。
現場は入間で15時、三時間もある。その余裕がなおさら、動く気力を減退させる。山の中にある街、秩父。なぜ、こんなにも独立した街が栄えているのだ。
東京はもとより、飯能までも一時間ある。昔は炭鉱か何か?Wikを見る。銅、近年ではセメント、なるほどね。
電車が入って来る。そのころには数人と人は居る。出発まで10分ほどある。

最近かなあ、地方に行くと始動の扉をよく見かける。外に居ても中に居ても、自分でボタンを押して開ける。そして閉めることも出来る。
出発時、開いている扉は自動で閉まる。扉ボタンが点灯するとき、始動操作出来る仕組みになっている。
知らないで、降りる時ジッと立っていると、いつまでも開かない。目の前を手が伸びて来て、誰かがボタンを押す。
「あ!すみません」となるし、押さなくてはいけないと思っていると、点灯前に何回も押して、「あれ?あれあれ?」と焦ってしまう。
降りる気が無くても、扉横に凭れていると、「すみません」と言われて、「あ!すみません」と言って、ボタンを押せるように、身体を退かす。
慣れて来るとエレベーターガール(今でもいるのか?)じゃないけれど、降りそうな人が立っていると、開くボタンを押してあげると、「すみません」と会釈される。
一つのコミュニケーションであるが、地方ならではの風情(風景)とも言える。

地方の電車で、まあ、平日昼間の時間帯だけではあるが、楽しみがある。
二席づつ向かい合い、四席のボックスは普通にある。それを独り占めすることである。乗客が少ないと、誰もが人の居るボックスには座らない。
そこで靴を脱ぎ、足を前の座席に伸ばすととても気持ち良い。
最初のイメージでは、田舎の風景を眺めながら駅弁を食べる姿を想い描いていたが、今はダイエット中なので、肉まんと爽健美茶で楽しんでいる。
ただこの電車は、山の中を走るだけでそれほどの風景は望めない。それも飯能まで(この後乗り換え)なのでたいした距離でもなく、一瞬の幸福と言ったところだ。
そんなときは読書であるが、これは電車の中なら時と場所選ばないので、こんなに天気の良い昼間にはもったいない。

フッと気が付くと、隣(前)のボックスに親子らしき三人が居る様だ。
声だけで判断しているのだが、母親と園児以下で男の子と女の子の感じだ。女の子が大声を出すことが面白いらしく、キーと切れる声、男の子もバタバタと騒いでいる。それをとがめている母親も自然と大きな声になる。
うるさいとも思うのだが、別に何も感じない。あれ!?これが夕方の山手線だったらどうだろうか?確かに迷惑だよな?
昼間の人がいない電車の中、ボックスには他人がいないので家に居るのと同じだろうな、他人が多ければ子供でも騒いだりしない。
と言うことは今の状況は、何も他人に迷惑なことではない?いやいや、ここは電車の中、私(他人)が居るではないか、と思い立ち上がり、隣のボックスの前に行った。
騒いでいる子供たちは瞬時動きが止まり、目を丸くした。母親もこちらを見て、驚いた表情で「ヒィッ」と声にならない音を出し、「す、すみません」と謝り、子供たちを睨んだ。
そんな凍りついた空気に子供たちは反応して、いきなり大声で泣き出した。
少ない乗客でも、何人かの人たちが私の方を見た。何だか私がまずいことをしたみたいな空気になり、ここで子供たちをあやすのも、どうか?・・・・どうしたら良いのか分からなくなり、ひと言、「なんてこった、パンダこった」と言ってしまった。
母親は不思議そうな表情になり、「そ、それは?ダジャレ、ですか?」の問いに、私はますます窮地に追い込まれた。

そんなことを想像すると、笑えてきた。
隣のボックスはますます騒がしくなるが、まあ、そんなものかと思い。電車走行の響きやアナウンスの音に、自然と馴染んでいった。

都心の電車、アナウンスでの注意はいくつもある。
一番は歩きスマホ、次は優先席付近での電源切り、そして電車内での電話である。
歩きスマホは最近多く、本当に危険な行為だと私も思う。
優先席付近での電源切り、これはペースメーカーのことだが、良く分からないことでもある。それなのかどうかは分からないが、ほとんどの人が意識して電源を切ることは無いように思う。
そして電車内での電話だ。
確かにうるさく、他人に迷惑だと感じる。誰でもそう感じるし、ほとんどの人が、もし携帯が鳴ったら、話をしても迷惑の無いように小さな声で話すだろう。
しかしこれが普通の会話なら、うるさいと思っていても迷惑だと感じるだろうか?
関西の電車や関東でも土日の電車は、普通にうるさい。だが、車内の雑音に馴染んでいる。
この違いはどこにあるのだろうか?日本人の不思議なところだろうか?

そうそう次回から、旅?いや、仕事です。と並行して、新シリーズ始めます。
え!?どうせギャクか何かだろ?って、長澤はワンパターンだからって?まあ、そうかも知れませんが、必ず皆様の心を動かす文章を書きたいと思います。
期待して下さい。・・・・やば、自分でハードル上げてしまった。

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しょうもないやつだけど、お前が好きだ!


上を見上げて一息すると、本当にお前は勝手だよ!でも、その自由さが好きなんだよ、と思ってしまう。
朝、線路沿いを歩きJR蒲田駅に向かう。どんよりとした厚い雲、雨が降るんだか降らないんだかハッキリしない。
天気予報って、信じたいけれど当たらないこともある。だから降水確率とか言って、ごまかしているのか?でも、見ないわけにはいかない。
そうそう、そこで大変な物見つけてしまった。折りたたみ傘、・・・・知っていますか?
・・・・あれ!?今日はみなさんは?出て来ないのかな、まあいいか、今回は一人称で話します。

最近、ローソンで買った折りたたみ傘だけれども、開くのはワンタッチ、驚くなかれもうワンタッチで閉まる、半分だけれども。値段も千円と安かった。
科学の進歩もここまで来ると、空を飛べる日も近い。・・・・、なんかみなさん(ツッコミ)がいないとやりにくい。
ただ、差しているときに間違えてワンタッチすると、悲しいことになるから気おつけてね。
意外と気づかなかったことだけど、折りたたみ傘、布のカバー?と言うのかケースって、思いのほか必要だよね。
例えば雨の中駅に着いて、濡れた傘を振り、雫をある程度落としてカバーにしまうと、鞄に入れることが出来る。そりゃあしまうかどうかは、その時々で変わるものだけどね。
めんどうのようだけど、普通の傘を持って歩くよりは良さそうだ。まあ、それも人それぞれの生活パターンで変わりますな。
折りたたみ傘の本当のところは、少し重たくなるけれど、持っていると言う安心感にあるようだ。
雨のことを心配しなくて良い。無ければどうしようと言う、余計な思考を使うだけだ。つまらない感情である。
安心感とは、頭を使わないマイナス面もあるが、この場合小さな嫌悪感は要らない。

私が苦労するのもお前がいけない、でも、お前の身勝手なところはみんなが好きなところでもあるし、仕方がないよ。
お前は芸術家でもあるし、たぶんだが一度でも、同じキャンパスに同じ模様は描かないよな。なんか凄すぎるよ。
一瞬も止まらない描き方は動画で表現する方が簡単だが、それでは飽きてしまうだろう。
そうだなあ、お前には楽しさを表現する技術が無いように思えるが、私たちに楽しさを提供する?そんなふうにも思えるよ。
でも、それ以上に生活には必要なことだし、まあ、やっぱし自由でいてほしいよ。

雨の日は、いや、小雨なら帽子ぐらいで良いかもね。そういう人もいるけれど、自分は被らないなあ。なぜだろう、分からない。
結局はお前のせいか?
冷蔵庫の中には水しかなあい~冷蔵庫の中には水しかなあい~ラジオで良く流れている。最近のミュージシャンは何が何だか分からない。
しかし驚くほどシンプルな歌詞でビックリ、曲が良いので、そう言う創り方もあるのかなあ、と思ってしまう。
お前の芸術もかなりシンプルだよな。白と黒と灰色と、あと何か使っていたっけ?
何?赤と青と真黒?、それは違うだろう。他人の物だよ。
やっぱり、お前ひとりでは無理だな。才能は感じるが、・・・・一瞬で描き切る造形とでも言うのか、そんな表現でも良さそうだ。

でもやっぱし勝手すぎる。勝手すぎるから困るだろう。
合羽も着る人もいるな、やっぱりそれもライフワークってことかな。
お前は人のじゃまばっかし、・・・・なぜ自分は自転車乗らないんだろう。昔は持っていたし、ある時期から歩く習慣に大切さを感じたのだろう。
それに何度か盗まれたことで、いやになったと思う。田舎では車がなければ困るのと同じく、東京では自転車が、・・・・無くても平気かな、ハハハハ。お前も笑え。
お前は自転車乗れないよな、知っているよ。だから自転車のじゃまばかりするのか?性格悪いよ。でも、お前がいないと寂しいよ。どうしてかって?やっぱり芸術的センスかって?
違うよ、生活に困るだろう。馬鹿だなあ、本当に分からないやつだ。大切なんだよ、お前がいなかったらどうするの?だろう。
好きなんだよ。

長閑な日もある。11月の暖かな昼下がり、日曜日は誰もが落ち着ける。空気が薄く、紅葉の時期、緑の匂いが懐かしい。
オレンジ色の陽射しが緩やかに素肌を刺激する。
見上げてごらん、青い空を、太陽の眩しさは偉大だから、白くてもくもくと流れる雲、今の姿は直ぐに変わる。
大空と言うキャンパスに、次はどんな姿を見せてくれるのか楽しみな、
お前だ。


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旅?いえ、仕事です。 その14 席主と元席主


快晴の秋空、土曜日の午前中である。仕事が一つ横浜で終わり、これから富士フイルム前駅?に向かう。
どこの駅?と調べてみると伊豆箱根鉄道大雄山線って、聞いたこと無い。
横浜から、とりあえず小田原に行くことにする。
普通だったらJR東海道本線で行くのだか、現場の時間が午後一時からで、四時間ある。早く行ってもしょうがないと思い。相鉄線で海老名方面から行くことにした。まあ、気分転換にも良いと思った。
海老名行き特急に乗る。車内はまばらで、余裕のある時間、私は読書でゆったりとする。
相鉄線の終点、海老名駅で乗り換える。ぞろぞろと小田急線小田原行きに人の流れが出来、ホームに出ると、何か懐かしい!?(そうでもないか?)将棋の文字が入った、Tシャツを着ている人を見た。
今は結構寒い、私でさえ長袖のYシャツの上に薄手の黒い上衣を着ている。少し早歩きで同じ車両に乗る。
黄色いTシャツの背中には、「厚木王将で将棋を指そうよ。」と書いてある。
厚木王将の席主?
物凄い違和感を感じ、悲しくなった。寒い土曜日の午前中、行楽客の人混みの車内、変わったTシャツを着た、長身で中年のおじさん。少し前の自分を見ているようだ。
乗客の多くは背中の文字は観えるが、関心は示さないと思う。それ以上に、寒いのに黄色いTシャツ一枚のおじさん。場違いな違和感を持つだろう。
次の新厚木駅で降りたから間違いない。席主だ。

サロンを始める前、現状を知りたく少し将棋センターを回ったことがある。厚木王将にも行った。その時、席主からいろいろ勉強になる話を頂いた。
確か私と同世代で、大学将棋部出身。当時でも、副業で家庭教師をしていると言っていた。経営の大変さをつくづく感じる、話であった。
でも今となっては、それで良いのだろうか?
席主の顔姿やTシャツの恰好だけで判断してはならない。厚木王将の現状は何も知らない。だから、余計なことは書くものではない。失礼にあたる。
ただ悲しくなり、泣きたい気持ちが身体を震えさせる。
私だって、続けられるものなら続けたい。いや、続けたかった。
過去形です。
御釈迦様のお言葉に、
~戦いにおいて、一人が千人に打ち勝つこともある。しかし、自己に打ち勝つ者こそ、もっとも偉大な勝利者である。~
私の中では、信じ、かなり響きのあるお言葉である。
誰も助けてくれない。自分に勝たなくては前に進むことなど出来ない。サロン経営は過去の時代ですが、必ず違った形で創りあげ、生き続けなければいけない。
負けたのではなく、道を迂回しただけ。あのままだと、そのまま歳と共に衰え取り返しがつかなくなる。何とか余力のあるうちに、出直さなければならなかった。
戦略的撤退とでも言ったところだ。

小田原駅で大雄山線に乗り換えて、それでも時間が早いので一つ先の終点、大雄山駅まで行ってみる。
観光地でもないが、いや温泉でもあるのかな?と思い、少しのんびりと川沿いを歩いてみる。二重三重と重なり合う山々、前の山は青く、後ろに行くほど白くかすんで見える。
川の流れもちょろちょろと、落ち着いている。人々は少ないし、焦った様子がどこにもない。
山の中のある都会、そんな感じがする。自然の中にいるが、ひと通り生活に不便さは感じられない。
良いところだなあと思うが、ただ仕事となると小田原まで行かないと、無いのかな?と思ったりもする。

夢として持つことはどうだろう。こんな何でもある田舎で、のんびりと暮らしたい。
夢は未来にあるもの?だけれども、サロンでの日々は何だったんだろう。過去に「ある夢」だったのか?
子供たちに将棋を教えていたのは、確かに理想の姿、私の昔の夢だった。
先ほど、サロンは過去形と書いたばっかし、・・・・夢が過去のものとしてある。不思議だ。
夢を果たしたはずだが、どう考えても上手くいったとは思えない。・・・・続けられなかった現実が、自分自身で失敗だと感じている。
他人はどう見ているか、それは関係ない。御釈迦様の教えに従えばそれで良い。
夢を果たした自分がいるが、何も喜べないし未来につながるものが見えない。
これで良いのか?良いはずがない。
じゃあどうする。新しく未来を見るしかないだろう。希望を持ち夢を切り開く。
それにはやはり、今の自分自身を立て直すしかない。心身ともに、それから技術もである。
それがやだったり、出来ないと思うなら、死んでしまえとなる。

自己に打ち勝つ者こそ、・・・・御釈迦様の教えに従えば、それで良い。

#厚木王将の席主を見かけたのは、かなりの確率の偶然である。
以前一度は会っているが、黄色い厚木王将のTシャツを着ていなければ分からなかった。それに時間帯もそうだが、相鉄線の海老名周りも時間に余裕があったから乗った。
こういう出来事は必ず意味がある。出会ったわけでは無いが、意味を分析する価値はあるとしたものだ。

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旅?いえ、仕事です。 その13 みなさんとの会話


朝ラッシュの時間帯、京急蒲田駅の6番線に着く。ここから4番線の羽田空港駅行きに乗り換える。
人が、ぞろぞろと歩く姿は暗い。5番線で品川行きを待っている乗客の前をだ。後は混んでいて歩けない。黄色い線の上(点字ブロック)を二列並んで歩く姿は、死の行進のようで気味悪い。何度も書くがホームドアの無い駅は怖い。このように大変混雑している時間帯は特にだ。
もしホームドア新設に金銭的な問題があれば、東急多摩川線のように、真鍮の柵でも良いと思うのだが、・・・・見た目にも安心感は高く、柵の外を歩くことはない。

以前、4番線に空港行きと着いた電車に飛び乗ったら、成田空港行きだった。そして平和島で乗り換えて戻り、3番線で待っていると、なかなか来ない?と思ったら上の1番線に来ていた。上に行ったら下に次の電車が着いた。そのまま我慢して上に着いた次の電車に乗ったら、羽田空港まで止まらなかった。
行きたい駅は、穴守稲荷駅だった。私は浦安鉄筋家族の春巻龍先生かと思った。

3番線には、羽田空港から品川方面または横浜方面もある。驚くことは、横浜方面から入って来て羽田空港に行く電車もあるし、品川方面から羽田空港に行く電車もある。
線路は一つなのに、どうなっているのか分からない。これはきっと一般人を驚かすマジックだ。
ラスベガスを凌ぐ、京急蒲田ショーとも言える。
それともこれが本当の蒲田行進曲?
上手い!自画自賛・・・・ほど、見苦しいものは無い。

京急蒲田駅から羽田空港行き、今日は天空橋から東京モノレールに乗り変えて、新整備場駅に行く。
これは希で、普通は穴守稲荷駅に行くことは多い。成田空港方面で空港第2ビル駅も少ないながら行く。穴守稲荷駅と聞くと、何か空港と関係している仕事、とも言える。
お!?凄い!はや!
朝、混んでいる電車の中で見たものは、・・・・ここで止まると怒るのは、みなさん。

続けます。見たものとは帽子を被った女性。(それがどうした。)
出たな、天の声じゃなくて、みなさんの声。(いいから続けなさい。)
服装は地味目、普通のOLだ。(それは書かなくても良い。)
手にはスマホ。(それも書かなくて良い。)
いや、違うんだなあ、そのスマホなんだよ。(ほう、スマホね?)
早いんだよ、キー連打。(そういう人はいくらでもいるよ。)
それが混んでいる電車の中、両手で、両方の薬指と中指の間にスマホを持ち、残り四本の指で叩いている。(確かになんか凄そうだね。)
普通は片手で打つが、それより速い。(あたりまえだよ。)
たぶんではあるが、私のパソコンキー連打の百倍速い。(確かにそうだね。)
仕事メールだと思うが、何も考えず何も確認しないで、良くそんなに簡単に制作することが出来る。(長ちゃんとは違うよ。)

私の場合、例えば、~お、も、う。と書くと、思う。想う。または当て字で最近、憶う。どれを書くか考える、それからだもの。(おそ~、日が暮れるよ。)
言う。これにしても漢字とひらがな、例えば、言葉を言った。と書くと何だか重たくなるから、言葉をいった。にすることが多い。(なるほど、考える一理はある。)
私だって無い頭を使っているのだ。(だから長ちゃんの日々長考、となるのだね、でもキー連打の速さとは意味が違うよ。)

帽子を被る女性はどう思う?・・・・(話が変わった、それは男ぽく見せたい、恋愛はしないよ、の表現じゃない。)
そうだね、それもあるかも知れない、それより隠す、意味の方が強くない。(あるある、イスラム女性の被るヒジャブなどは、自分が隠れることで、逆に自由な感じになれると言うよ。)
隠す意味でのマスクもあるよね、でも、最近の黒いマスクはどうかなあ。(ほんとだね。)
私は帽子が嫌いだが、男の帽子も隠す、意味じゃないの。(普通はファッション?・・・・やっぱりそうかな。)

穴守稲荷駅・・・・先日仕事ではないが、ここで夕方、友人と待ち合わせしたとき、やはり京急蒲田駅で何回かホーム間違えたみたいだ。(京急蒲田駅は、知らない人は魔の駅だね。)
その友人がJR職員で、何だか笑った。(ポッポやなんだね。)
天空橋駅、ここからは初めて来る駅だ。(モノレールも初めて?)
ここはそうだね、穴守稲荷駅あたりでもスチュワーデスたくさん見るけど、ここまで来るとほんと多いわ。(スッチー、隙の無い雰囲気(化粧)創るよね。)
スチュワーデス物語?思い出した、思い出したらなぜか可笑しくてしょうがない。(堀ちえみ、「教官ッ」)
堀ちえみって、スチュワーデスから一番遠いタイプに感じるけど。(だから面白いとも言えるじゃん、「ドジでのろまな亀でッ」って自分で言っているしね。)
そうかあ、面白いと思わせる番組の思惑通りだったんだ。(もしかしたらコメディに近いかもね。)

新整備場駅に着き、暗い構内をしばらく歩き外に出ると、大きな飛行機が何機も現れる。
海とか大平原、広いところは好きだし気持ち良いが、飛行場だけは怖いな。(広場恐怖症はあるが、それとは違うみたいだね。)
近くに飛行機があることが怖い。(見慣れないだけのことじゃない。)
と、みなさんとのオチの無い、平凡な会話が続く。

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旅?いえ、仕事です。 その12 本当のサービスとは?


一日のつまづきは朝の些細なことから始まる。
不思議なことだ、良い日とか悪い一日、なぜか一日を通して似たようなことが起こる。小さなことの積み重ねが一日を創る。
それは感情などの心の調子によるものなのか?いや、現実に起こることに対して、意味の無い嫌悪感でもある。

雑色にある松つや、24時間営業でもあるし朝食定食が400円と安い。近いこともあり、京急を使う朝に立ち寄ることが多い。
ただ少しがさつ、でもある。チェーン店ではあるが、昔の定食屋の雰囲気がある。それはたぶん雑色と言う街がそうさせている。下町、高齢、年金、生活保護、もともと町工場の多い地域、その成れの果てとも言える。
今時代では、築地月島豊洲などの昔の下町が高層住宅に変わった。それもどうかと思うが、雑色みたいな古町がそのまま情緒あふれる下町?と言えるのかどうか、私には分かりません。

お客側が、お店の雰囲気を創っている。
番号で呼ばれ定食のトレーを取りに行く、セルフサービスだ。
「お客さん、すみません。あいにく海苔が切れてしまって、ポテトを多めに致しますので・・・・」高齢の太った定員が、少し高い声で言った。
実は海苔は食べたいが、ポテトは無い方が良いくらいだった。それはダイエットについてのことだが、近い内まとめて書きたい。
「いや、これでいいです。」とトレーを持ち、振り向いた席に座る。
お店の携帯が鳴り、定員が取り話し出す。海苔の話から仕込みの話まで大きな声で話し出す。いや、ただ声が店内に響くだけ?朝の早い時間帯だけに、・・・・背中越しでもあるが、少しやな気分になった。
海苔のことよりも、別に定員の態度が悪いとは言わない。なにせ、400円でこれだけの朝食を食べさせて頂ける。感謝の気持ちの方が大事である。
感情の起伏は、私の意味の無い嫌悪感のせいだ。

もしかしたら日本人の悪いところ?かも知れない、と思う。
定員とお客様の関係はどこに行っても、ほとんど神様と奴隷ほどの関係、と言ってもいい過ぎではないように思える。
コンビニやデパートはもとより、あらゆる商売。日本の中枢である、銀行、交通機関、市役所までもがそうだ。それも少額のお金で、どれほどまでに頭を下げる。
そこまでしなくても良い、たった000円のために、と思ってしまう。
外国人には分からない日本人的常識、長澤にも分からない。
「お客様は神様です。」三波春夫も余計なこと、歌ったものだ。
「おもてなし」も、もしかしたらその行動に、意味が分からない(無い)ところも出て来るかも知れない。

生活の中にある労わりとは違うサービス、本当は無償の行動でなければいけない。000円でも、お客様だから「あたりまえ」と思えるところが間違えだ。
時と場合では定員とお客様が逆転することもあるだろう。相手に要求してしまう雰囲気も醜い。本当は立場など関係無い、同じ目線であることが正しいと思う。
なんか不思議な社会である。過剰サービスニッポン!

そう言えば昔どこそこの将棋センターに、かなり高飛車な人がいた。年上で高学歴高収入だったので、私にはそう見えたのかも知れない。
ネット株が流行っていて、私も遊んでやっていた。
ある時、「お宅の会社の株、私持っているよ」と言ったら、コロッと態度が変わったことがあった。
何だか、「ふ~ん」と思った記憶がある。

今日は雑色から東京モノレール線にある、新整備場と言う駅近くにある現場に向かう。
めったに行くところでは無いが、そんな現場もある。
雑色駅七時頃、一番混雑している時間帯、蒲田駅までひと駅の辛抱だ。
エスカレータを上りきると、人であふれている。狭い中を中ほどに行きたいのだが、・・・・歩けない。
エスカレータ脇のスペースが狭すぎるよ。あっ!!もしかしたら雑色駅にホームドアが無い理由は、ここにあるのか!?いや、京急はあまりホームドアを見ないから、そういえば川崎駅でも横浜駅でも階段脇が狭すぎる。思うに、古い構造だろう。
新設した雑色駅は、つい最近だ。設計ミスと言うよりも、もともとホームドアのことなど考えていないのか?
それは分からないが、乗客への本当のサービスは安全じゃないのか?それとも京急幹部は庶民のことなど頭にないのかも知れない。

誰かが言っていた、雑色駅は人身事故が多い。
それは葬式駅(雑色駅)だからでしょうって、ダジャレかい!!

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Author:長澤忠男
富を多く持っていることと
豊かさとは別ものである

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