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知識を得ることで生まれる、人権?


19世紀後半、世界は大きく変わろうとしていました。
それは文化の進んだ強国欧州に対して、世界の国々が「知識」を得てきたことが始まりです。
知識を得ることは、世界の矛盾を知ることにつながり、自身を主張することに成ります。お互いが引かなければ、当然戦争と成ります。
20世紀の始まりは、世界規模の戦争へと導きます。その時代李氏朝鮮(北朝鮮と韓国)は何をしていたのかと成ります。
日本も何をしていたのか言われれば、何もしていません。
とにかく世界の侵略から「日本を守りたい」そこの一点に焦点はあります。決して日本からアジア侵略へと、考える余裕すら無かったと思います。

ソ連の南下、それは一年中凍らない港が欲しかった。(時代を思わせる発想である)日本も、目の前までソ連の軍隊が来るのは脅威である。
必要なのは李氏朝鮮(清の支配下)の独立で、自身で国を守ることにあった。当然清は面白くない。そんな時、何か暴れている(甲午農民戦争)
李氏朝鮮の内政問題に、日本と清が介入して日清戦争~日露戦争と一気に進む。
漁夫の利ではないが、日本は本国を守る戦争だったはずだが、知らないうちに大陸の権利を多く得ることに成る。

李氏朝鮮~1910年の日本支配下以後、朝鮮人にしてみれば「知識」得る絶好の機会となった。併せてインフラ整備によって、一気に近代化に進んだ。
朝鮮の夜明けを創った日本、しかし表の顔もあれば裏の顔もある。事件事故の問題はどんな社会でも常にあるものである。

前回も書いたが、男尊女卑は19世紀まではどこの国でも多くありました。それは子供の生存率と関係あります。
現代のように子供が死ななくなると、女性も教育を受ける余裕が出来てくると言うものです。それが出来なかったのが李氏朝鮮です。
1910年当時、女性の就学率はほぼ0でした。もともと学校などありませんでした。
一部の貴族、両班、中人までの家系の女性は何らかの教育はあったようだ。その下の常民(一般市民)は男女とも教育らしいものは無かった。
当時の日本では、女性でも93%の就学率(小学校レベルだが)があったようだ。
簡単に言えば、一般市民から搾取するために教育を受けさせない。
それが男尊女卑のように、弱い方へ弱い方へと厳しくなる社会、それが李氏朝鮮と言う国、いや地域、清の属国である。

李氏朝鮮、感じることは今の北朝鮮と似ていることです。一部の人間が多くの国民から搾取している点や、国民自身が世界の「知識」を得られない
点、弱い人間ほど苦しくなる現実(それは日本も同じで、底辺である私自身の境遇はまだましである)である。
そして豊かになるための方法を、何か間違っているように思えます。

「強ければ豊かになれる」ここである。ここに朝鮮人の歴史が隠れているとも思えます。長らく清、日本の下にいました。朝鮮戦争以後でも、独立していますが、大国に囲まれて助けられながら生きています。ほとんど、北朝鮮も韓国も自力で生きて来たとは思えません。
北朝鮮は核開発の揺さぶりで、力をちらつかせます。韓国は嘘を積み重ねて、譲歩を取りに来ます。それは日本が弱い国だと思っているからです。
朝鮮人の歴史から来る潜在的な国民性としか思えません。

今どきの韓国との対応は、結構いろいろ言われますがどうすれば良いのでしょう。
個人見解ですが、強く対応すれば良いと思います。強いの意味も広いですが、普通に何でも強者だと思わせることです。
単純ですが友人と言う人でも、勝負の世界(スポーツでも格闘技でも将棋でも)は強い人が尊敬されます。負ける人は強くなろうと努力します。
軍事力、貿易、政治、経済、学業、社会、そして真実の歴史です。強い日本こそが韓国に尊敬されるように思えます。
例えは悪いのですが、犬と猫、全然違う世界観の動物ですが、人間から見ればどちらも素晴らしいパートナーです。

テレビで何かの解説で、ドイツは戦争に対して謝るが、日本は謝らないと言っていた。
こんなスーパーウルトラ馬鹿がいるから同じこと(日韓関係)が繰り返される。だいたいがドイツと日本は、まったく違った戦争をしていた。
同じところは一つもない。
戦争責任は、また次回に書きたいと思います。

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反省の必要のある、人々とは?


1910年日韓併合から1945年の35年間、この時代を否定することが反日の始まりであり、今もって解決出来ない根源でもあります。
それ以前の李氏朝鮮時代は、王朝時代であり庶民の生活は大変困窮していて、19世紀の世界からは大変遅れた文化が存在していました。
明から清の属国であり、国として独立した韓国帝国を経て、人間らしい社会を築き上げることが出来たのも、当時世界の強国である日本の下に所属出来たからです。
社会が熟成すれば当然それに対する問題も出て来るとしたものです。
事件事故としては、やはり上下関係として日本人の方が上と言う図式はありました。勿論慰安婦問題は否定しません。
今とは社会も法律も常識も違います。今から間違えを否定すれば、本当は切りがありません。
世界中であることで「誰がどのように問いを正すのか?」韓国が日本に問いを正した一つにすぎません。
その答えが1965年の日韓基本条約だったと、少なくても百歩譲った結果としてありました。

朝鮮半島は1945年に日本統治が終わると、1950年にアメリカとソ連の代理戦争に入ります。
それとは別に、1948年に今に至る大きな改定がありました。それはハングル文字だけの文章です。(漢字の廃止)
ここからでも70年以上経っています。と言うことは、普通の朝鮮人は漢字が読めないことに成ります。
日本語で言えば平仮名だけの文化知識に成るのと同じです。どうお思いでしょうか?
何か間違った歴史認識とつながる、と思いませんか?
戦前の文献は、漢字のみまたは漢字とハングルそして漢字と平仮名、東アジアではほとんどそうだと思います。
戦前のことは、ほとんどの人は見ることが出来ません。残っている書物や写真映画からの知識と成ります。
過去の偽り、反日教育の成立には、それほど難しくない一面を表しているように思えます。

そして朝鮮戦争です。
北朝鮮は金日成(金成桂が本名)の奇跡とした、対日時代の英雄伝説を前面に上げます。韓国は李承晩、三・一独立運動をスローガンに戦います。
朝鮮戦争の独立運動は、日本は関係ありません。それなのに両方とも反日を掲げて同じ民族同士で戦います。・・・・?
そして停戦。(戦争する意味が無いことに気づいたか?)

朝鮮と言う地域は、長らく大陸の属国としてありました。日本統治時代も一応同じです。そしてアメリカとソ連とも似たような関係と成ります。
李氏朝鮮時代はともかく、近代では朝鮮戦争の責任を追及することが一番大事(事件事故は、被害者の人数で問題の大きさが変わります)なことです。
それとも、風化してから関係ないことで弱いとされる人たちに責任を負わすのでしょうか?
日本の謝る文化は決して弱いから謝るのではなくて、礼儀の一つとしてあるものです。
ジャイアンはスネ夫だと思っている相手が、ドラえもんだとは知らないことが日韓問題を複雑にしています。

過去は変えることは出来ません。それは相手がいることで続いているからです。
反日は、一つの文化として虚像しようとしていますが、こちらに迷惑が来るようなら当然反発もします。それが現状です。
謝るとは何か、それは誠意と償いです。弱い相手なら同じことを繰り返すことが出来ても、相手は強者です。
世界常識では、もう通用しません。日本人の「謝る文化」に甘えるのはやめましょう。

韓国は今、経済問題が一番大きいと思いますが、お釈迦様の教えに「苦しみを消すには、自分自身を変えるしかない」とあります。
日本のホワイト国からの除外には、韓国自身の不信感から来るものがあります。もう一度の復活を望むならば、韓国自身が変わらないといけません。
これは仏教と儒教の違いでもあるのかな?

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日韓問題と李氏朝鮮


過去は変えることは出来ないが、未来は変えることが出来る。(日本人)
未来を変えるために、過去も変えてしまえ!(朝鮮人)

残す文章としてブログを使うのだが、あまり社会問題に首を突っ込むのは素人としてどうかと思う。
「悩ましきは自身の知識不足の表れか?」
日韓問題、今私の趣味の一つとして題材にあります。
それは将棋であろうと野球であろうと、自分が時間を割くことに疑問を感じないことだと思います。
知ることが楽しみになっている。何だか不愉快にも感じる、濁った感情は頭のどこかにあるようです。

最近の日韓対立は、文在虎政権にあるのは誰にでも分かることです。
反日主義とチェチュ思想は、文在虎政権の基本と成ります。だから私も、何らかの形で文在虎政権が倒れれば、
日韓問題は解消されるであろうと思っていました。
そうなのかなあ?
もしかしたら文在虎政権じゃなくて、もっと奥底の話がこじれているんじゃないかなと考えると、・・・・基本は朝鮮人かな?
となると歴史を紐解くことに成ります。
日韓併合は1910年、そこから35年間は日本の統治下となります。
この35年間は韓国では暗黙の世界として、一般教育から映画まで、日本人に支配されて苦しい思いをした。
そのようなプロパガンダが流れています。
本当に朝鮮人が、または世界の人たちがそのように考えるものなのでしょうか?
本当は朝鮮人が、そのようにしたいだけ、そんな被害妄想に酔いたいだけ、そしてお金をむしり取りたいだけのように思えます。

ドラえもんが日本で、のび太が韓国(日本人の意識)
スネ夫が日本で、ジャイアンが韓国(韓国人の意識)
こう考えると、日韓関係が上手く行くはずがありません。

慰安婦問題、元徴用工問題、大した話ではありませんが現実としてあったと思います。
戦後74年が経ち、終戦記念日には天皇陛下のお言葉の中にも、侵略戦争のお詫びのお言葉もありました。
なぜそうなるのかと言うと「負けた」から侵略戦争になった。いや、中国は分からないまでもない、一部はある。
時間(74年)が経つと、現実が妄想に変わるものです。それが今の朝鮮人とも言えます。

今は平和で何でもあります。食べることにも苦労は少なく、何よりも綺麗な世の中と成りました。
そんな世界では、慰安婦や徴用工など聞くと、酷いことされた。と成ります。
例えば1900年、20世紀の始まり120年前はどんな世の中だったのでしょうか?
「男尊女卑」多分ですが人類が始まって、今だに無くならない思考としてあるものだと思います。
レベルは違えど世界中であることで、それは生物学的に仕方のないことでもあります。
そして今の先進国では、ほぼそれも平等に近いものに成りました。喜ばしいことでもあります。

1900年頃のイギリスは当時一番の先進国だと思います。その国でも女性は10人子供を産みますが、5歳まで生きられるのは半分です。
食事、医療、戦争、問題はいたるところにあります。
この時代普通の女性は教育もなく、50年生きられるのは稀なケースだと思います。子供を育てるのに一生を捧げる。
男尊女卑は、ごく最近まで普通に世界的常識だったとも言えます。
李氏朝鮮の衰退は、一般国民無視の政策が多く、男尊女卑もかなり酷いものだと聞きます。
日韓併合前の末期李氏朝鮮の崩壊国土は、福沢諭吉や津田梅子なども書式でありますし、「朝鮮紀行」イザベラ・バードなる書物もあります。
一言でいうと、「動物以下の生活」福沢諭吉の見たソウルがそうでした。
韓流ドラマにあるような綺麗な世界ではありません。そう言えば、日本の時代劇などももっともらしく出来ているので同じですな。

そんなくそみその中に、新しい国を創ることに成ります。それが1910年日韓併合です。
文化、教育、建築、朝鮮は新しい日本と成ります。日露戦争を勝利した日本は世界の強国の一つです。朝鮮もへいへいとついて来ます。
そこには勿論上下関係はあります。しかし日本人の発想として奴隷制度はありません。
なぜかと言うと、日本人のそれまでの戦争は統一にありました。日本一です。国対国ではないので、敵は武将同士と成ります。
だから女子供まで殺されることは稀で、国が戦いで無くなることがありません。しかし、世界は違います。
負ければ国が無く成ります。女子供までもが殺されるし、生きていても奴隷として従わなければ成りません。
「世界の常識と、日本の非常識」の違いの一つとなり、韓国人の謝らない文化もそこにあります。

社会が成熟すると、いろいろなシステムが生まれます。朝鮮人も生活のために様々な仕事に就きます。
その中に、「慰安婦」と言う仕事もありました。ある意味、今時代に近づいたとも言えます。普通に娼婦です。
ここで強制のあるなしが一番の問題と成りました。
男尊女卑そして貧困の世の中、李氏朝鮮時代は、お粥一杯で娘を売ると言われていました。当然日本統治下でも「強制」もあったと言えます。
それが1965年の日韓基本条約につながります。
本当は、ここでめでたしめでたしと終るところでした。

未来を変えるために、過去を変えてしまえ!(朝鮮人)
今は常識が通じない相手には、無視することが一番です。しかし時間が進み、嘘の教育で本当に過去を変えられることは、私たちも先祖に申し訳あ
りません。正すところは正す、方針を取ることは必要なことだと思います。

そうそう何で朝鮮戦争は、停戦状態が続いているのか分かりますか?
私が思うに終戦に成ると、誰かが戦争の責任を取らないといけません。普通は敗国ですが、どちらも負けではない場合はどうでしょう。
先に攻め込んだ北朝鮮ですか?それを支援したロシア、中国?そして韓国とアメリカには戦争責任はあるのでしょうか?
350万人の戦死者を出した戦争です。誰も責任を取らない?・・・・それが今の「世界の常識」です。
日本人は、もう少し外国人を同じ人間だと見るのは考えものです。残念ですが、信じる者は救われるとは時と場合によるものです。
多分ですが将来、朝鮮戦争の真犯人は日本人だと朝鮮人は言いそうです。

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YouTube


動画を始めました。
タイトルは同じく「長ちゃんの日々長考」です。
内容はこちらと同じく、フリートーク(雑談)と成ります。
ヤフーの検索ならば「長ちゃんの日々長考」プラス動画を選べば行けると思います。
グーグルでは当面行けないと思います。
それでも行けない場合は、長ちゃんの日々長考 ここからどうぞ。
まだ編集が出来ないもので、恐ろしくシンプルなものに成りました。
汚いおっちゃんを見るのはつまらないものですが、どうか暖かい眼差しで見てやって下さい。
当面は動画に力を入れますので、ブログの方は更新が少なく成ります。

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これからについて


七月の終わりごろ、私自身の発信を新しい形に変えようと考えました。
ブログに対する倦怠期を感じたからだと思います。
新しい発信方法が見つかった、いや、誰もが知っている方法ですが、始めるとなると一からとなるので時間も掛かります。
私みたいな機械音痴だとなおさらです。
だからと言って、ブログから完全撤退と言うわけでもありません。
ブログにはブログ(文章)の良さもあるし、表現方法や残るものとしての価値を感じるところもあるからです。
残したいものと雑記は違います。その辺がごちゃごちゃになっている、整理の意味もあります。
残したいものはブログで、雑記は新しい形で、そのように考えました。

そして八月一日の夜、動画を見ながら飲んでいたら(私の祝福の時間)突然画面が消え、青い画面に変わり動かなくなりました。
翌日も変化なく、いわゆるブルースクリーンのまま使うことが出来ません。
いろいろ調べた結果、ソフトでなくハードに問題があることが分かりました。もう八年も使っていたパソコンなので修理する気にもなりません。
新しくすることは考えますが、最低十万円くらいのものは欲しいと思いますが、直ぐとなると考えてしまいます。
仕方なく古いノートパソコン(あるんかいな!)を使うことにしました。
そこで問題があります。実は、ブログのストックが五回分ほど消えてしまった。
独裁者 私見4、5と、連作 コウノトリ 1,2、3、でした。
本当のところこちらのショックが大きく、再度書く気になれなかったと言うところが、更新ストップになった原因でした。
何でもない小さな話ですけど、それでも心配されている方の気持ちを感じなければいけません。
どんなに読まれないブログでも、‌発信している私自身の責任です。
そんな形でのご挨拶となりました。

独裁者 私見4、5は、日韓問題の雑談です。
八月二日、韓国をホワイト国からの除外する政令改正を閣議決定しました。これは一つの答えです。
ここが一つのポイントで、その前にいろいろ書いておいたことでした。
一日の日韓外相会談、ここで何か新しい話が出ると思ったら、康京和外交部長官は、今までと同じように撤回の要求だけでした。
あるとすれば、GSOMIAの破棄くらいでしょうか?それ自体が日本への圧力だと思っています。
同じことの繰り返しで、河野外務大臣も「極めて無礼」だと女性には言わなかったかな?
結局のところ韓国現政府の姿勢は、日本への圧力外交が一貫していると言うことです。
その後の文在虎大統領の会見は、あまりにも醜い反日批判になりました。
国内向け会見かも知れないが、ネット社会の韓国では、北朝鮮みたいにいつまでも続くはずがありません。
と言うような内容でした。

連作 コウノトリは、小説での実験1でした。モネの積みわらでの小説版です。
同じように情緒的な風景と似たような作風や展開を、角度を変えながらいくつか創作するのが目的でした。
近いうちに書き直します。

パソコンが壊れたのはタイミングがありました。
壊れなくても、新しい形に移行するつもりでいましたが、壊れたことで後戻りする気持ちを完全に消したとも言えます。
新しい形の情報発信が出来ましたら、直ぐにお知らせ致します。な~んだと思われる程度のことですが、機械音痴の私にはかなり難題でもあります。
もしかしたら挫折して、今までと同じブログに戻る(そちらの方が現実的かも知れません)可能性もあります。
それまでは夏休みだと思って頂ければ、私もゆっくりと作業出来ると思います。

本当にパソコンが変わると書きずらい。枕が変わると寝られない、同じかな?

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独裁者 私見 3


慰安婦問題と元徴用(応募)工訴訟問題は、1965年日韓請求権協定で一度終わっている。
それなのに今なぜ、再び問題が持ち上がったのか?

そもそもこの問題の発端は、「朝鮮人慰安婦と日本」吉田清治著1977年刊行から始まり、吉田氏の政治的な運動が始まりとされます。
それを朝日新聞が全国に広め、左寄りの思考を政府与党に突き付けました。いわば日本人の一番弱いところです。過去への謝罪は1980年辺りに成れば、本当の話はどの程度のことか分かりません。
南京事件にしても、被害者は数千人から数千万人と事実の捏造は、五十年程度の時間で簡単に変改出来ます。
元慰安婦が一人でも居たならば、それは正当化されるところです。そこに正義としての主張があり、朝日新聞が政府与党に対して、国民に同意を得る戦略としてありました。
政府与党VS朝日新聞、の構図で1990年から話題を広めた。朝日新聞の目的は発行部数(どんな媒体でもそうだか)でしかないが、慰安婦問題は一つのネタだったのか?あさましい悪知恵としか思えません。
そしてそのチャンスに乗ろうと、考える人たちが出て来ました。それが民主党であり、中国、韓国であったのです。
政府与党VS野党、中国、韓国、朝日新聞(毎日新聞、NHK)、国民(世論)そんなバトルに成りました。
大手新聞は売れたのでしょう。
結果は見えています。日本人は損得以上に正義感に弱いようでした。1992年には、政府与党も反省して謝罪しました。

男女同権は、世界的にも古い話ではありません。貧しい国、貧しい時代、男女の世界観に違いもあります。戦時中特に日本人は、男女間の格差はありました。
その上、やはり朝鮮人は日本人より下との見方もありました。当然の話であり当然の結果です。
ただ、この問題はどんな時代どんな国でもあることで、慰安婦だけが特別な話ではありません。
もう一度言いますが、一人でも元慰安婦が居たならばそれが正義と成ります。過程が普遍的なことであっても、結果は問われることの一つです。

慰安婦問題以降、韓国政府は日本の弱点が分かりました。それは正義感に対する世論です。そして憲法9条と非核三原則から来る平和主義者です。
当然、変わるものは「お金」と成りました。
1965年日韓請求権協定では、日韓基本条約締結で、3億ドル無償協力、2億ドル有償協力、3億ドルの民間借款(当時の韓国予算は3.5億ドル)がありました。
それ以後も様々な技術提供や日本政府援助も2千億円以上(ソースはいろいろあるので調べて下さい)あるそうです。
なぜ、そうなるのかと言うと一つに北朝鮮です。そして中国とロシアの存在です。
38°線(軍事境界線)これが竹島の上で引かれると困りますし、韓国が敵国に回ると日本のアジアでの孤立化もあります。アメリカも賛成出来ません。
要するに、日本が韓国に強く出れない理由は地政学的リスクから来るものだと思います。

韓国政府と韓国人には大きな隔たりがあります。それは情報操作にあるそうです。日本でもNHKや大手新聞社でも似たようなことはありますが、180°反対に広めることはあまりありません。
180°反対の情報操作は、韓国人にも分かっていて受け入れている節もあるそうです。それを酷くしたのが北朝鮮であり、チェチュ思想(共産主義)と言えます。
文在虎政権に至るまでには、このような事情が日韓関係にあったと言うことが分かります。
そして文在虎は、日本の弱みを最大限に付くことを考えました。
それが反日思想で、今現在の問題につながります。

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芸術論と技術 3


話は続きます。クロード・モネ、作品も多く残していますし、印象派の大御所のイメージがあります。とりあえずモネ自身の人生観は置いておきます。モネの作考に、私がハッと気づいたことに「連作」がありました。
代表作は「積みわら」で、同じ積みわらを季節や時間、または角度を変えてえ30点以上あるそうです。前回も書きましたが「日傘をさす女性」や「ラ・グルヌイエール」も連作としてあります。連作と言ってもそれが写真だったら、モチーフを動かして何枚も連写すれば同じです。
絵画でも簡単な話ではあるが、気づきにくい発想です。それを文章で表したらどうなるのでしょう。難しそうに感じるし、結果面白くも何ともないかも知れません。何も革新的でもないかも知れません。
それを実験と言います。

私自身、西洋美術史を少しづつ勉強している訳ですが、絵画の価値観成るものはなかなか分からないものです。
先日の国立西洋美術館で、モダン・ウーマン展も開催中でした。そこで美大生だと思いますが、若い女性が一つの作品の前で、盛んに人物画を下書きしている姿を見ました。
小さなメモ用紙に、絵画と同じような角度で素早く描いています。チラッとメモの下書きが見えましたが、何だか物凄く上手い筆使いに見えました。
絵画の勉強中なのか、している技術が分かります。あまりにも絵画の近くで描いているので、美術館のスタッフに制止される場面もありました。
単純に私の素人考えでは、有名な画家作品の模写なら、一般に出回っている写真でも良さそうに思いますが、そこそこ技術のある人は、本物でなければ、素人では見えない部分もあるのだろうと思った。
そこそことは、将棋に対する自分のことで見れば、「分かる人にしか分からない。技術が無ければ理解出来ない」ことはたくさんあります。
絵画にも同じことが言えると思います。見えない自分に何だか寂しい気持ちもありますが、新しい世界への期待感も沸いて来ます。

モネの睡蓮やゴッホのアルルの寝室、複製画や写真画も販売されていました。写真画(こうとは言わないのかな?)などは額縁の方が値段が高いのが面白いところです。
複製画は、同じくらいの大きさなら十万円あたりが相場のようです。何度も書きますが印象派の有名な作品ならば、ほとんどが十億円以上と成ります。
同じ作品でも価値の違いはどこにあるのでしょう?複製画の技術は巧みなもので、プロでも見分けがつかない作品も多いそうです。
価値の判断基準の難しいところは何処にあるのでしょうか?同じものでも違うもの?希少価値の価格?描いた人自身の価値?

調べると(簡単に検索出来るところに今時代の特徴がある)印象派のルーツはバルビゾン派(コロー、ドービニー、ミレー)レアリスム(ブーダン、クールベ、マネ)からの流れがあるそうです。
印象派はピサロを中心(モネ、ルノワール、ドガ、シスレー)に、八回の個展から成るものでした。そして写実主義が一つの特徴にあるそうです。
写実主義とは、人でも物でも風景でも自然な形(観たまま)を捕らえたものだそうです。ある意味普通(画家それぞれの個性や価値基準の違いはあります)とも思えます。それまでは宗教的な作品が価値判断だったそうです。
ブルジョワ階級(パリの風俗)は、良き時代のパリを表現したものだと思います。決して特権階級だけを描いたものではないと思います。
ポスト印象派(セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン)は、印象派の次と言う意味で、八回の個展を終えた印象派の次に出て来たメンバーだそうです。
バルビゾン派~ポスト印象派の歴史は1820年代~90年代くらいまでで、フランス国内での美術革命がほとんどを指します。
何だか話も世界もそれほど広くないところでの出来事だったのでしょうか?絵画など世界どこでも誰でも描けるものですが、価値を認められた絵画は、意外と狭い世界での話だった。と言うことですかね。いやいや、それも私の乏しい知識ではないのかと思います。
モネとゴッホに話を戻します。
ゴッホは、27歳の時にブリュッセルの美術学校に通うが、ほとんど独学だそうである。画家としては遅い出発でも、何かしらの経験はあったのだと思います。
それから亡くなるまで、十年ほどの画家生活で900点もの作品を完成させる。生前売れたのは一枚だけ、今の日本円にすれば二万円位だそうです。
ゴッホの絵画としての技術は、本当に百億円の値が付くほどあるのでしょうか?損保ジャパン日本興和の買い付けた「五十三億円のひまわり」は妥当なものだったのか?
ゴッホの絵画は確かに個性があり、明らかに他の画家との一線はある。それは、素人目にもゴッホの絵画は誰でも分かる、と言うことだと思う。
そして中途半端なものではなく、完成された作品に大きな意味を持つと思う。
あの時代、ポスト印象派としての存在やテオとの手紙や数奇な人生。それらも一部として、価値に有るのだとも思う。
でもどうして何百億の価値、と成ると?マークと成る。

答えは簡単なところにあるもので、それは買う人がいるからです。価値を認めている人が多くいるから、オークションとはそう言ったものである。
頭が良いのか悪いのか分かりません。金持ちとはそんな人種となり、自分とは違った世界の存在でしかありません。

一枚十万円の複製画でも十枚ぐらい集め、六畳の部屋いっぱいにしたいと思うこともあります。それぐらいの夢ならば現実的に持てそうです。
私は、頭が良いのか悪いのか分かりません。私とはそんな人種であり、普通の感覚では無いのかも知れません。

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安楽死制度を考える会(ギャグですか?)


参議院選挙ですな。相変わらず盛り上がらない選挙、でもこれも平和な証拠かも知れません。
投票率の問題や若者の政治無関心のことを強く言う人もいますが、それは日本が今のままで良いと考える結果だと思います。いわゆる平和ボケと言えます。
世界の情勢は、日々あらゆる問題に直面しています。そんな生ぬるい気持ちで良いのでしょうか?
「良いと思います。」選挙の一票は権利ですが、行使するしないは、今の自身と社会に開きが出来たときに使うのも一つです。

民主党政権なども昔の記憶に成りました。あんな結果を導くなら、・・・・選挙はお祭りではない。私と同じく、間違った判断(決して騙されたとは言えない)をした人も多かったと思います。
雰囲気に流されると、大切なことが見えなくなるのはありがちです。
現状が間違いない、良い日本(勿論問題も多いけど)だと思うからこそ、今回も一番大きい政党に支持します。

隣りの間違った結果。徴用(応募)工訴訟問題なども、一面だけでは答えを出すことは出来ません。
文在虎政権、チェチュ思想(共産主義)、1965年の日韓請求権協定、韓国内の経済、反日感情。決して韓国人すべてが朝鮮統一を歓迎している訳ではありません。
現在の舵取りは、文在虎政権(真っ赤)です。そのように進むのは、大陸の国民性と地政学的な問題もあるのでしょう。
日本の対応は、冷静に解決策(逃げ道)を提示しながら、息長く(真綿で首を締める)方法が良いと思うし、そうした対応に思えます。

比例代表の政党が知らないうちに変わった。安楽死制度を考える会、NHKから国民を守る党、オリーブの木、れいわ新選組、労働の開放をめざす労働者党???何を言わんとしているのか?
確かにNHKの役割は終わっている。情報としての公平性は、民間と大して変わりません。テレビが貴重な時代は昭和の話で、税金で運営するしかないのは、解体する勇気(収入源)がないことだと思います。

「安楽死」掲示板に最初この言葉を見たとき、国が国民に向けた何かの基準(最高裁裁判官の優劣を問う項目の様な)を作る、一つかと思った。
国民に対する意見では、あまりにも安易な話だ。
ポスターを見ると、「自分の最後は自分で決めたい」と書いてある?これでは、国が自殺ほう助を容認することに成る。
確かに末期癌で苦しんでいるのなら、分からないこともないが、ほぼ今考えられるのはそれくらいだと思う。
まさか自殺願望の若者に適用することなど、それは単なる見落としであるのなら、やはり安易な話である。
「制度を使いたくない人は無視すれば良い」
無視できる法律?を作るのかい?(何だか漫才のツッコミみたいたが)法律とは国家の根源を作るもので、そもそも成立するはずが無い。
例えば運転免許証などは、全ての人が同じ法律を守るから成立するもので、守らない人を、同じ道路(同じ社会)を走らせると事故に成る。
「耐え難い痛みや辛い思いをしてまで延命したくない」
末期癌に同類するほどの大病ならまだしも、と思う。
「人生の選択肢の一つとしてあると「お守り」の様に安心」
ポスターに書いてあるこれだけでは意味が分からないが、後でネットで解説を見ると、死を意識することで頑張れる、ような逆説的な言い回しに思える。考え方の一つであるが、宗教的な意味合いが強い。
「家族などに世話や迷惑を掛けたくない」
気持ちは分かるが、やはり本人に意識があるならば、生きることを尊重しなければならない。どんなに現状が苦しくても将来は誰にも分からない。やはり死んでしまえばそこで終わりである。今の私ならば、よほどのことがあっても、生きる道を推奨する。
「将来の不安に備えた貯金をする必要が無い」
多分ではあるが、この辺りを強調したいように見える。太く短く的な考えだ。「苦しみもまた楽し」宗教に成るのは避けたいが、生きる「意味」をもう少し考えた方が良い。
「予算を掛けずに国民が安心感を感じれる」
誰がここまで考えて生きているのだろう。ハッキリ言って付け足しの一文としか思えない。

このポスターが一つの政党だと知るまでに、一日掛かった。返してもらいたい。
国の意見だと思い、その一日はもの凄く嫌な気分に成った。しかし他人の意見として、考えることは出来た。
主義主張、確かにこの方法は金額的にも、一番広めるのに効果的かも知れない。ブログや動画よりも「全国民に聞いてもらえる」場としてあることが分かる。

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芸術論と技術 2


絵画初心者の私が、どこまで芸術を理解出来るように成れるでしょうか?勿論技術的なことは理解しません。自分で描きたいと思わないからです。
それは観る側の世界であって、「お金を払って」プロの技術を堪能する。価値を考える。プロ野球やオリンピックの観客席みたいなものでしょうか?そのあたりを意識したいと思います。
キッカケは、ゴッホの「ひまわり」です。1987年に安田火災海上(損害保険ジャパン日本興和)当時の絵画最高レベルの額、58億円で買い付けた話を思い出し、分析したいとの発想です。
今時代では、同レベルの百億円を越える絵画も珍しくはありません。百億円あればそれこそ、何十万人の貧しい人々を助けることも出来ます。
お金の価値に疑問があるのか?絵画の価値に疑問があるのか?それとも人間の価値に、値段を付けるのか?
金銭感覚に秘められた人間の感情とは何でしょう?人間がお金を動かすのか?お金が人間を動かすのか?疑問は尽きることがありません。

絵画には模写(1では贋作と書きました)という言葉があり、本物でなければ価値は激減します。
そうすると、絵画自身の価値は絵画そのものよりも、描いた本人の価値と成ります。だとしたら、ゴッホには900点の作品があるのだから、完成された作品なら、どれも高額の絵画と考えてもよさそうです。
現在素人の私には、ゴッホの絵画は、個性は強いものの決して上手いものとは思えません。(すみません)
絵画の勉強をされた人とは、見え方が違うのは分かります。百億円の価値があるよと言われるかも知れませんが、本当は、絵画にはそれほど価値はありません。異常現象としか思えません。と答えるかも知れません。
将棋の技術や野球の技術も、ある程度経験が無いと見ただけでは分かりません。そうすると素人は、結果、勝ち負けでしか判断出来ないものです。現状の絵画での私がそうですが、百億円の価値があるから、百億円の技術があるのだと錯覚してしまいます。

まずは本物を観ることから始めなければ何も始まりません。
前回の最後に印象派を調べていたら、モネの魅力に魅かれました。それは「日傘をさす女性」と「ラ・グルヌイエール」と言う作品です。作品自体の美しさもそうですが、両方とも連作として、時間や動きの違う作品があるところに面白さがあります。
モネやゴッホ、日本では鑑賞することが難しいと思っていたら、意外とそうでもなく、国内にどちらも十点近くはありそうです。こんなところも初心者の発想なのだと気づきます。
東京に居るのだから、当然近くで観ることが出来ます。ありました。国立西洋美術館です。
「松方コレクション展」です。それと、国立西洋美術館自体も常設展の作品が数多くあります。入場料は千六百円で、ゆっくり観て周ると三時間位は掛かるものでした。
美術館、私には少し敷居の高い世界です。想像通りの空間で、億を超える(こればかりですが、発想の基本が値段にあります)作品がずらりと並びます。それが絵画ではなく、単なるお金(札束)だったとしても圧倒しています。

松方コレクション展ですが、目玉はモネの「睡蓮」とゴッホの「アルルの寝室」です。二つの値段は?と遊び心ばかりです。私には、この二つの作品はさほど感じるもの(今回は)がありませんでした。
「帽子の女」ルノワール「波」クールベ「グロワ」シャニック「羊の毛刈り」セガンティーニ「アヒルの子」ミレイ「愛の杯」ロセッティなどが強く印象に残りました。
他にもロダン、マネ、ドガ、ゴーギャン、マティス、モロー、セザンヌ、シモンと一流どころがずらりと並びます。

そして松方って何者?と成ります。川崎造船所(川崎重工)初代社長で、父は第四代第六代の総理大臣だそうです。軍艦を造って、そのお金でヨーロッパの美術品を買い集めたそうだ。
戦争需要で大儲け、今にして五十億円もの大金で一万点以上の作品を集めるが、関東大震災や昭和恐慌により、かなりの数を損失したそうだ。
私には何という言葉もない。実際にこれほどの作品を一度に観られるだけでも、感謝しなければならない。
ロダンの「考える人」を筆頭に、「地獄の門」やその他数多くの彫刻、ロダン作品が日本に有るのも松方氏の功績であるそうです。

そして、国立西洋美術館の常設展も見逃すことが出来ない。彫刻、ロダン作品がいくつも並ぶ。
時代と共に作品が並べてありました。後期ゴシック美術、ルネッサンス美術、マニエリスム美術、イエス・キリストを始め、宗教的な作品が多い。17世紀はバロック美術、18世紀はロココ美術、写真のような隙の無い作品が並びます。
そして19世紀に入ると、印象派の作品も出て来ます。
やはりモネ「セーヌ川の朝」「ラ・ロシュ=ギュイヨンの道」ブーグロー「少女」クールベ「馬小屋」シスレー「ルーグシエンヌの風景」セザンヌ「ポントワーズの橋」ピサロ「エラニーの秋」ルノワール「木陰」「ばらをつけた女」
20世紀の作品に成ると、少し抽象的過ぎて付いて行けません。それでもピカソの作品も二点ありました。

以外だったことは、写メOKの作品も多く在りました。それを気づいたのが終わりの方だったので、大分逃しました。(勿論NG作品や部屋によっては最初からNGもあります)
死ぬまでには一度は観てみたい、とかしてみたいと思うことはあります。絵画鑑賞は(特に私の場合は印象派です)ひらめきだったけど良く気づいたと思います。
上野に有ることも、灯台下暗しとでも言えます。今回の松方コレクション展は9月23日まで開催していますので、もう一度行きたいと思っています。
一度目の遭遇は「感覚的」です。二度目の出会いは「知性」を必要とします。

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占い考 2


占い最大の強敵は、結果である。
ただ、二つの道があり、一方の方に行ったら他の道の結果は分かりません。人生もここまで長くなると、分からないまでも、正しいか正しくないか程度は想像出来ます。
私が二十歳位の頃、渋谷の占いの館(ここは直ぐに無くなった)に行ったことがある。
このお店は占星術で、コンピュータでホロスコープを作り、それを元に診断する、今でもあるシンプルな方法だった。
その頃私は役者志望で、養成所に通っていた。将来を聞いてみた。当時は下北沢に見られる、アマチュア劇団の盛んな時期でもあった。
自分としては(ハッキリ言って演技は芋か大根です)売れなくてもいいから、役者として続けられるかどうか、そこが知りたかった。

結構若い女性の占い師、と言うよりもアルバイトのようだった。
「好きなことでも辞めた方が良いです。派手な世界は向いていません。続けられない原因は、金銭的な困窮にあります」とハッキリと言われた。それは正しかったと思う。
売れる売れない、それは続けられるか続けられないか、と同じでもある。しかし、お金に困窮していても続けている人はいる。
三文役者も売れないミュージシャンと同じで、芸術を極めたい、何となく一つのステータスみたいな生き方があった。いわゆるカッコイイ生き方である。
憧れと現実は違います。私には、役者としての夢だけでは生きることは出来なかった。
「どうしても続けたいです。何とかならないものですか?」と聞くと、「子供に関係した仕事(演劇)なら、続けられるかも、いや、やはり金銭な問題が、どうだか分かりません」若い女性アルバイトは、ホロスコープを見ながら答えた。
アルバイトで食いつなぎながら役者を続ける。普通ではあるが私には、二つのことに集中することが出来なかった。
演劇と仕事を一つにしたかった。趣味は将棋(将棋では生活出来ないと思っていた)で十分だった。

昭和の時代は、児童劇が結構盛んな時代でもあった。裏方ならそこそこの収入もあったし、募集も多かった。
そして劇団木馬座に営業として入ったのが始まりだった。トータルで十年以上は、劇団で生活していたと思う。生活は苦しいが(今でも同じだが)充実はしていた。
役者でアマチュア劇団、舞台に固執していたら、それこそ続かなかったと思う。
二十歳の頃、占いの結果は人生の方向性を、さほど道草しなくて済んだと思えます。
当たる当たらない、では無くて信じるか信じないか、でもあるのだと思います。それは、役者を続けるか続けないかの問いであって、他の道はいくつもあったと思います。

話は飛びます。将棋サロンを始める前にも何人かの占い師に対面で、商売は成功しますか?お店は出した方が良いのか?辞めた方が良いのか?聞いています。
どの占い師も答えは同じで、お店は出すべきだと言われ、辞めた方が良いと言った人はいませんでした。
曲りなりにも六年続いて、多くの素晴らしい出会いを頂きました。閉店を失敗と捉える考え方もあるでしょうが、私自身は勉強させて頂いた、気持ちの方が強くあります。
五十を境に始めたことです。もし会社員のままだったら、金銭的に余裕はありますが、自身を「考える」ことはしませんでした。他人の言いなりに成り、社会の小さな歯車として生きていたでしょう。
やはり私レベルの人間では、なかなか社会に背いた生き方の出来る力量はありません。それでも挑戦することで、方向性を変えたと思います。
答えは六十代七十代に成り、振り返ることが出来て初めて、あの時の判断は正しかったのか?正しくなかったのか?分かることだと思います。今は、まだ分からない状態です。
と同時に、恋愛のことも聞いてみました。やはり皆、恋愛結婚は近いと同じく答えます。私の身なりや年恰好を見れば、おおよその答えだと思います。
占い師にはいろいろジャンルはありますが、答えは近いものでした。三カ月先のこと、将来はポジティブに、それが普通の商売としての占いだったと思います。

またさかのぼること十数年、三十代半ばの頃に、対面占いで相談したことがありました。四十代半ばの女性占い師でタロットでした。
内容は、一つは対人関係の男性、もう一つは恋愛面での女性でした。結果は、二つとも自分には良い結果だったと思います。
男性の方は、相手すら覚えていません。思い返すことも出来ないほど、単純なことで悩んでいたんだと思います。
女性の方は声も掛けたことないほど、距離のある人でした。男性の多い職場でマドンナ的なところもある女性です。自分は論外だと思っていたし、小さな憧れだけを持つ程度でした。
そして女性には決まった男性がいない?かも知れない。あれ!?と思う行動も何度かありまして、もしかしたらと思いの、対面占いでした。
普通だったら、男だったらと思いますが、三十代半ばで当時は若い人も多い職場だったせいか、自分には自信がありませんでした。
「相手の女性もあなたのこと見ています。もしかしたらこれが最後のチャンスになるかも知れません」と言われました。
最後まで声を掛けることはありませんでした。恋愛は複合的なことで、それだけに集中することが出来ませんでした。

二十歳の頃の占いと、三十代半ばの占い。この二人の女性は、朧気ではあるが何か見えるものはあるのだろうと、私は感じました。
占いとは、当たる当たらないではなく、未来を映像的に感じられるものらしい。

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人は「私はこういう人間だ」と自分で考えるその通りのものになります。
それと異なったものになることはない。

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