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知識を得ることで生まれる、人権?


19世紀後半、世界は大きく変わろうとしていました。
それは文化の進んだ強国欧州に対して、世界の国々が「知識」を得てきたことが始まりです。
知識を得ることは、世界の矛盾を知ることにつながり、自身を主張することに成ります。お互いが引かなければ、当然戦争と成ります。
20世紀の始まりは、世界規模の戦争へと導きます。その時代李氏朝鮮(北朝鮮と韓国)は何をしていたのかと成ります。
日本も何をしていたのか言われれば、何もしていません。
とにかく世界の侵略から「日本を守りたい」そこの一点に焦点はあります。決して日本からアジア侵略へと、考える余裕すら無かったと思います。

ソ連の南下、それは一年中凍らない港が欲しかった。(時代を思わせる発想である)日本も、目の前までソ連の軍隊が来るのは脅威である。
必要なのは李氏朝鮮(清の支配下)の独立で、自身で国を守ることにあった。当然清は面白くない。そんな時、何か暴れている(甲午農民戦争)
李氏朝鮮の内政問題に、日本と清が介入して日清戦争~日露戦争と一気に進む。
漁夫の利ではないが、日本は本国を守る戦争だったはずだが、知らないうちに大陸の権利を多く得ることに成る。

李氏朝鮮~1910年の日本支配下以後、朝鮮人にしてみれば「知識」得る絶好の機会となった。併せてインフラ整備によって、一気に近代化に進んだ。
朝鮮の夜明けを創った日本、しかし表の顔もあれば裏の顔もある。事件事故の問題はどんな社会でも常にあるものである。

前回も書いたが、男尊女卑は19世紀まではどこの国でも多くありました。それは子供の生存率と関係あります。
現代のように子供が死ななくなると、女性も教育を受ける余裕が出来てくると言うものです。それが出来なかったのが李氏朝鮮です。
1910年当時、女性の就学率はほぼ0でした。もともと学校などありませんでした。
一部の貴族、両班、中人までの家系の女性は何らかの教育はあったようだ。その下の常民(一般市民)は男女とも教育らしいものは無かった。
当時の日本では、女性でも93%の就学率(小学校レベルだが)があったようだ。
簡単に言えば、一般市民から搾取するために教育を受けさせない。
それが男尊女卑のように、弱い方へ弱い方へと厳しくなる社会、それが李氏朝鮮と言う国、いや地域、清の属国である。

李氏朝鮮、感じることは今の北朝鮮と似ていることです。一部の人間が多くの国民から搾取している点や、国民自身が世界の「知識」を得られない
点、弱い人間ほど苦しくなる現実(それは日本も同じで、底辺である私自身の境遇はまだましである)である。
そして豊かになるための方法を、何か間違っているように思えます。

「強ければ豊かになれる」ここである。ここに朝鮮人の歴史が隠れているとも思えます。長らく清、日本の下にいました。朝鮮戦争以後でも、独立していますが、大国に囲まれて助けられながら生きています。ほとんど、北朝鮮も韓国も自力で生きて来たとは思えません。
北朝鮮は核開発の揺さぶりで、力をちらつかせます。韓国は嘘を積み重ねて、譲歩を取りに来ます。それは日本が弱い国だと思っているからです。
朝鮮人の歴史から来る潜在的な国民性としか思えません。

今どきの韓国との対応は、結構いろいろ言われますがどうすれば良いのでしょう。
個人見解ですが、強く対応すれば良いと思います。強いの意味も広いですが、普通に何でも強者だと思わせることです。
単純ですが友人と言う人でも、勝負の世界(スポーツでも格闘技でも将棋でも)は強い人が尊敬されます。負ける人は強くなろうと努力します。
軍事力、貿易、政治、経済、学業、社会、そして真実の歴史です。強い日本こそが韓国に尊敬されるように思えます。
例えは悪いのですが、犬と猫、全然違う世界観の動物ですが、人間から見ればどちらも素晴らしいパートナーです。

テレビで何かの解説で、ドイツは戦争に対して謝るが、日本は謝らないと言っていた。
こんなスーパーウルトラ馬鹿がいるから同じこと(日韓関係)が繰り返される。だいたいがドイツと日本は、まったく違った戦争をしていた。
同じところは一つもない。
戦争責任は、また次回に書きたいと思います。

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反省の必要のある、人々とは?


1910年日韓併合から1945年の35年間、この時代を否定することが反日の始まりであり、今もって解決出来ない根源でもあります。
それ以前の李氏朝鮮時代は、王朝時代であり庶民の生活は大変困窮していて、19世紀の世界からは大変遅れた文化が存在していました。
明から清の属国であり、国として独立した韓国帝国を経て、人間らしい社会を築き上げることが出来たのも、当時世界の強国である日本の下に所属出来たからです。
社会が熟成すれば当然それに対する問題も出て来るとしたものです。
事件事故としては、やはり上下関係として日本人の方が上と言う図式はありました。勿論慰安婦問題は否定しません。
今とは社会も法律も常識も違います。今から間違えを否定すれば、本当は切りがありません。
世界中であることで「誰がどのように問いを正すのか?」韓国が日本に問いを正した一つにすぎません。
その答えが1965年の日韓基本条約だったと、少なくても百歩譲った結果としてありました。

朝鮮半島は1945年に日本統治が終わると、1950年にアメリカとソ連の代理戦争に入ります。
それとは別に、1948年に今に至る大きな改定がありました。それはハングル文字だけの文章です。(漢字の廃止)
ここからでも70年以上経っています。と言うことは、普通の朝鮮人は漢字が読めないことに成ります。
日本語で言えば平仮名だけの文化知識に成るのと同じです。どうお思いでしょうか?
何か間違った歴史認識とつながる、と思いませんか?
戦前の文献は、漢字のみまたは漢字とハングルそして漢字と平仮名、東アジアではほとんどそうだと思います。
戦前のことは、ほとんどの人は見ることが出来ません。残っている書物や写真映画からの知識と成ります。
過去の偽り、反日教育の成立には、それほど難しくない一面を表しているように思えます。

そして朝鮮戦争です。
北朝鮮は金日成(金成桂が本名)の奇跡とした、対日時代の英雄伝説を前面に上げます。韓国は李承晩、三・一独立運動をスローガンに戦います。
朝鮮戦争の独立運動は、日本は関係ありません。それなのに両方とも反日を掲げて同じ民族同士で戦います。・・・・?
そして停戦。(戦争する意味が無いことに気づいたか?)

朝鮮と言う地域は、長らく大陸の属国としてありました。日本統治時代も一応同じです。そしてアメリカとソ連とも似たような関係と成ります。
李氏朝鮮時代はともかく、近代では朝鮮戦争の責任を追及することが一番大事(事件事故は、被害者の人数で問題の大きさが変わります)なことです。
それとも、風化してから関係ないことで弱いとされる人たちに責任を負わすのでしょうか?
日本の謝る文化は決して弱いから謝るのではなくて、礼儀の一つとしてあるものです。
ジャイアンはスネ夫だと思っている相手が、ドラえもんだとは知らないことが日韓問題を複雑にしています。

過去は変えることは出来ません。それは相手がいることで続いているからです。
反日は、一つの文化として虚像しようとしていますが、こちらに迷惑が来るようなら当然反発もします。それが現状です。
謝るとは何か、それは誠意と償いです。弱い相手なら同じことを繰り返すことが出来ても、相手は強者です。
世界常識では、もう通用しません。日本人の「謝る文化」に甘えるのはやめましょう。

韓国は今、経済問題が一番大きいと思いますが、お釈迦様の教えに「苦しみを消すには、自分自身を変えるしかない」とあります。
日本のホワイト国からの除外には、韓国自身の不信感から来るものがあります。もう一度の復活を望むならば、韓国自身が変わらないといけません。
これは仏教と儒教の違いでもあるのかな?

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人は「私はこういう人間だ」と自分で考えるその通りのものになります。
それと異なったものになることはない。

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