少しシビアな話です。


~雑色駅前将棋サロンホーム~

最近動画で、日弁連が「死刑廃止宣言」した(代替措置として終身刑の導入)というものを観ました。
二年前の動画です。
この問題は昔からある話しで、八年くらい前に裁判員制度が始まったときにも出て来ました。
そして過去に凶悪事件が起こると、何かと出て来ます。
私は、法律に疎い低能な一般市民ですが、日本国民の一人の意見だと思って聞いて下さい。

事件が起こると、テレビや新聞または週刊誌に釘付けなるのは普通の野次馬です。
マスコミが煽るので、踊らされているとも言えます。
オウム事件は組織犯罪です。何かテレビドラマでも観ているような、別空間の話(錯覚)にも思えました。
自分で考えるところがあまりないように思いました。

しかし一般の凶悪事件だと、何か自身や家族に起こりそうだとか、無関係に思えない、人の心(闇)の問題も含みそうです。
北九州監禁殺人事件、光市母子殺害事件、久留米看護師連続保険金殺人事件、勿論凶悪事件は他にもたくさんありますが、衝撃を受けた事件でした。
その中でも光市母子殺害事件は、日本中の国民が少年法を考えさせることにもなりました。
被害者家族の本村さん、世論を動かしたマスコミ、または被告弁護団の意味不明な弁明(意図的に、逆説的に世論を敵にした?)。
そして、本人が反省していないことも大きかった。
この事件、いやこのころの私は、凶悪犯ならば死刑はあたりまえだと思っていました。
今、統計によれば日本人の八割強が凶悪犯ならば、死刑に承認しているそうです。

このころ変化の一つに、じゃ、誰がこの凶悪犯を殺すんだろう?
そりゃ国でしょう。
国と言っても、それは生きている人間だ。
生きている人間が、知るはずの無い世界に人間(犯人)を追い出して良いのか?
何となく、神様が判断されれば、それは仕方がないようにも思えるが、・・・・偉い人、法律家、裁判所、それに法律と言っても、やはり生きている人間が作ったもの、神様ではない。
それに国家権力が強くなれば、民主的でなくなることもある。
それならば、殺された被害者や残された人はどうするのか?

このころは、どちらが良いのか分からなくなりました。

そして裁判員制度です。
一般市民が裁判に参加する制度です。
個人的には、確率的に無いなとか、もし選ばれれば面白そうだとかめんどうかも知れない、と感じていました。
ひと言でいえば、自分には関係のない話だと言うことです。

あれ?自分は日本国国民で、死刑制度の賛成反対は、「言うだけは言えるが」個々の裁判は本当に関係無いのか?
極論を言うと、法務大臣の死刑執行とか刑の執行役なども市民から選ばれるようになったら、出来る人がどのくらいいるだろうか?
実は今でも、死刑待ちの囚人が百三十人くらいいる(法律では半年以内に執行)そうです。
執行役の刑務官だって、いくつかボタンがあり、誰が押したか分からないようになっているそうです。
法務大臣や刑務官だって人間です。やはり、仕事とはいえ嫌なものです。それは自身が人間で、自分の想像の出来ない世界に送ることに恐怖があるからだと思います。

他人の痛みを感じない人、他人の苦しみの上で幸せを築こうとする人を、脳科学者の中野信子さんに言わせると、「サイコパス」と言うそうです。
上の犯罪に出て来た、松永太、大月孝行、吉田純子、明らかにサイコパスと言っても良さそうです。
サイコパスは病気ではないそうです。約三十人~百人に必ず一人はいる、人間の本能だそうです。
勿論、そんな能力を犯罪では無く、良い方に使う人も多くいるそうです。

そして二年前の日弁連の「死刑廃止宣言」です。
このころの動画では、免罪についての話が多くあります。
他にも、死刑は極刑では無いし、犯罪の抑止力(日本では、死にたいから犯罪を犯した例も多い)にならない。
そして死刑の一つ下無期懲役と、アメリカの終身刑の違いを明確にすること。

この辺りは誰でも少し調べれば理解できます。
ではなぜ、日本では死刑賛成派が八割以上もいるのか?

一つは被害者感情です。
上の本村さん行動は大変勇気のあることですし、私には同じ境遇だったとしても、あそこまで頑張れません。
しかし、それは犯人を憎んでのことです。
もし亡くなった原因が、病死、事故、自然災害だったら、悲しみは無くなりませんが、憎しみもあそこまで行かなかったと思います。
「罪を憎んで人を憎まず」宗教でごまかすことではありませんが、なぜ、このような言葉があるのでしょうか?

この事件では犯人を極刑に追い込みました。
本当に、それで良かったのでしょうか?
他人である私は、喜ぶことも残念がることも出来ません。

私なりの「今の」結論です。
死刑囚の生きる権利などは、私には分かりません。
日本が法治国家ならば、死刑があるのは国民の総意(八割)です。
当然そこには、「責任」も生まれます。
死刑は殺人でしょうか?
私たちひとりひとりに、一億三千万分の一の責任が、「死刑」にあるとは感じませんか?

法律に疎い低能な個人見解ですので、聞き流して下さい。


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~今日の一言~

なぜ今、こんなことを書くのだろう?分からない。
いったい私は何者なんだろう?
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教えてください。

お疲れさまです。
貴殿が書かれた文章に以下の記述がありますが
『今、統計によれば日本人の八割強が凶悪犯ならば、死刑に承認しているそうです。』
この統計とは具体的にはどの統計の事を言っているのかご教示いただけたら幸甚です。

コメントメール有り難うございます。

世論調査(内閣府政府広報室)平成26年版が元ネタです。

(1) 死刑制度の存廃
 死刑制度に関して,「死刑は廃止すべきである」,「死刑もやむを得ない」という意見があるが,どちらの意見に賛成か聞いたところ,「死刑は廃止すべきである」と答えた者の割合が9.7%,「死刑もやむを得ない」と答えた者の割合が80.3%となっている。

但し、質問の聞き方で少し内容が変わるのでは、との話もあります。
私が書いた、「凶悪犯」や「死刑に承認している」との、言葉に反応されたのなら間違いかも知れません。
実際には、死刑「容認」と書かれているマスコミのホームページが多い。

この程度のブログでも、言葉には気を付けなければならないことは分かっている、つもりがいけませんでした。
申し訳ありませんでした。

有り難うございました。
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